学習塾の長時間労働・連続勤務の背景(第2回)

学習塾におけるワンオペ労働の問題

数年前のことですが、24時間営業の大手牛丼チェーンで、長時間、店舗を1人の店員で運営させ、調理・配膳・後片づけ・接客・会計などの全ての業務を1人で行なわせる『ワンオペ』労働が世間を騒がせたことがありました。ワンオペ労働は現場で働く労働者の長時間労働や連続勤務を誘発し、労働者の精神を破壊したり過労死の危険性が高まると厳しく批判され、問題になったので覚えている人も多いと思います。しかし現在、これとまさしく同じことが学習塾の教室でも起こっていることをご存知でしょうか?

学習塾では1校舎50名程度の生徒数までは原則として社員一人で校舎運営させる教室が多いです。この50名という数は中学や高校で1人の教員が担任できる1クラスの最大生徒数を基準にしています。しかし実際、このくらいの生徒数でも生徒指導から教室の管理運営、保護者対応まで毎日すべて1人でこなすのは現場で働く塾人にとっては正直かなりしんどいです。近年、個別指導タイプの教室の増加により生徒数50名以下の小規模校舎が急増していますが、そうした小規模校舎では正社員1人ですべての教室業務を行うワンオペ労働がかなり増えています。

私たちには、このサイトを通して全国の塾人からそれぞれが勤務する学習塾の労働実態についてさまざまな情報が提供されてきます。それによると生徒数130名以上の校舎を正社員1人と数名のアルバイトで1年中休みなく運営している事例や、個別指導塾で生徒数50名程度の教室を、教室長として1人で3校舎かけもち管理している事例も報告されています。近年、映像授業や個別指導教室を運営している教室では生徒サービス拡大の一環として1年365日、毎日教室を開けている学習塾も多く、そうした教室ではワンオペ労働による異常な連続勤務や長時間労働が発生しています

この『ワンオペ労働』が学習塾で長時間労働、連続勤務が発生する背景の一つだと考えられます。学習塾業界でも『ワンオペ校舎』の増加と過酷な『ワンオペ労働』による問題が深刻化しつつあると思います。

ワンオペ校舎が増加した理由

では、ワンオペ校舎が増えた背景には何があるのでしょうか。

近年、学習塾業界は少子化による生徒数減少の影響をもろに受け、1校舎あたりの生徒数が激減しているところが増加しています。たとえば20年ほど前には大手塾の地域の基幹校舎では1校舎あたりの生徒数が1000名を超えている教室も結構ありました。そうした基幹校でも現在では生徒数500名を切っているところも多いです。基幹校でさえこのような状況にあるので、その他の中規模以下の校舎では言わずもがなです。

つまり多くの学習塾にとって・・少子化で生徒数が減る ⇒ 売上が減る ⇒ 企業としての営業利益・経常利益が減る という図式になります。

学習塾という業態は一般的には新規参入障壁が低い業態だと言われます。なぜなら「黒板・机・教室・教える人」がいればすぐに開業できるからです。私もかつて個人塾を経営していたことがあるのでわかりますが、少子化により今後の生徒数急増は見込めない状況にある中、限られた生徒数で利益率を上げるためには、固定費・人件費をできるだけ下げる必要があります。とは言っても黒板・机・教室にかかる固定費(映像授業ならパソコン等にかかる費用も)は教室運営上は絶対に必要なので削るにしても限度があります。

そこであえて経営者の立場で言うなら、『教える人』にかかる人件費をできるだけ減らし、さらに効率的に(余計なコストがかからないように)できるだけ多くの時間働いてもらうことで利益率を上げることを考えます。

具体的には、正社員やアルバイトは必要最少限の人数しか雇わない。可能な限り賃金(時給単価)を下げる。集団授業、個別指導、映像授業など複数の授業形態を1人で兼務させる。小学生~高校生まで可能な限り多様な学年・生徒を1人で教えさせる。学習指導以外にも教室の管理運営などの業務、生徒募集のチラシ作成やポスティングなどの宣伝業務も(余計な賃金が発生しないように ⇒できるだけ無給で)行わせる。1人で複数の教室を管理運営させる。教室の稼働率を上げるため長時間勤務させる。などです。

つまり少子化による生徒数減少 ⇒ 利益率を上げるため人件費を削減 ⇒ 教室を必要最少限の社員で長時間稼働させる ⇒ ワンオペ教室の増加 ⇒ 現場社員の労働環境悪化という図式ができます。こうして学習塾でワンオペ校舎が増加した結果、ワンオペ労働に従事する現場社員には過酷な連続勤務や長時間労働が発生します。

学習塾で長時間労働や長期連続勤務が発生する時期は12月~3月頃が圧倒的に多いです。なぜなら12月の冬期講習に始まり、1月の私立中学入試、2月の私立高校入試、3月の県立高校入試に向けた業務スケジュールがつまっていることに加え、3月には次年度の新規入塾生の募集が本格化します。したがってこの時期には業務量が格段に増えるからです。高校生も在籍する学習塾ならば、さらに1月のセンター試験対策、1月末~3月半ばの私立・国公立大学入試に向けた業務もあります。

ワンオペ校舎の労働実態

ワンオペ校舎の人員配置は、1人の正社員(教室長)と、あとは数名の学生アルバイトでまかなわれることが多いです。アルバイトが教室に来るのは平日なら早くても17時頃だし、正社員のように毎日定時に出勤してくるわけでもありません。また責任のある立場にないので教室長が本来やるべき業務をアルバイトにさせるわけにもいきません。

つまり教室長の業務を代わってくれる人は自分以外には誰もいないのです。こうなると生徒への学習指導や校舎運営の全責任が、ただ1人正社員である教室長の肩にずっしりとのしかかってきます。自分が教室にいないと校舎業務が完全にストップしてしまうので休めないという状況が起こります。ましてやこれが1年365日開校している教室だと、それこそ1年中休めない悲惨な状況が発生する可能性も高くなります。

『今日は公休日なので教室は全てアルバイトに任せて自分は家で休む・・』という選択肢も不可能ではありませんが、実際には自分の不在時に教室で何か起った場合、誰が責任ある対応を取れるのかという問題があります。また保護者の目には業務をアルバイトに丸投げしてさぼっている無責任な教室長というようにも映り、地域での塾の評価が悪くなる場合もあります。塾人は真面目で仕事に対する責任感や使命感が強いので、結局休みの日でも出勤して働いてしまうことが多いのです。こうして過酷な連続勤務が始まります。

複数のワンオペ校舎の運営を正社員1人でまかされている場合は、さらに悲惨な状況になります。こうしたケースでは、正社員である教室長は日替わりで異なる教室を巡回して勤務することが多いです。たとえば月~火はA校舎、水~木はB校舎、金~土はC校舎で勤務、日が公休日というような感じです。教室長の不在時には学生アルバイトに教室を管理させることもあります。

このケースでは、かりに1校舎あたりの生徒数が50名だとして、合計150名の生徒への学習指導と、3つの校舎の管理運営業務をすべて1人で行うことになります。これはかなり激務です。校舎に通う生徒の学区や地域、学力レベルなどが異なる場合はさらに負担が増えます。またB校舎で勤務しているときに、A校舎やC校舎を管理するアルバイトから緊急連絡が入ればそれにも対応せねばなりません。

この例では日曜日が公休日となりますが、実際には確実に休むことは不可能でしょう。日曜日に保護者懇談、説明会、模試などのイベントが入れば責任者として出勤しなければなりません。翌週の日曜日にまる1日休めたとしても、それまでに13日以上の連続勤務が生じます。明らかに労働基準法違反です。

学習塾からワンオペ労働をなくすには

それでは学習塾からワンオペ校舎、連続勤務や長時間労働を誘発する過酷なワンオペ労働をなくすにはどうしたらよいのでしょうか。答えは簡単です。教室に勤務するスタッフ数を増やせばよいのです。学習塾のワンオペ校舎では現場の正社員(教室長)に大きな負担がかかるので、正社員の雇用を増やし、現場で働く社員数を増やし、社員一人当たりの業務負担を軽くすればいいだけの話です。生徒数50名以下の小規模教室でも、常時2人の正社員を配置しアルバイトも余裕をもって確保すれば、過酷な長時間労働や連続勤務はかなり緩和できるはずです。

ではなぜそうしないのか? これも答えは簡単です。正社員でもアルバイトでも新しく人を雇えば「人件費」が増加し結果として利益率が押し下げられるからです。経営者にとってはこれがネックとなります。学習塾の業界団体や学習塾の経営者が本気で取り組めばすぐに解決できる問題なのに、そのように進まないのはこういう理由があるからです。

だからといってワンオペ校舎・ワンオペ労働をこのまま放置し続ければ、学習塾で働く塾人の労働環境はどんどん悪くなります。今後も学習塾の職場内で精神疾患を発症する社員や過労死する社員が出てしまう懸念があります。経営者に過酷なワンオペ労働をやめさせるためには労働組合の力が絶対に必要です。

eisuでは小規模校舎でも原則社員2人体制なので、いわゆるワンオペ労働は行われていませんが、それでも曜日や時間帯によっては『ワンオペ』となる場合もあります。それにかつては12日以上の連続勤務もありました。5年前までは週休1日制(公休日は日曜日)だったので、日曜日に何らかのイベントが入ると12日以上の連続勤務が発生していました。当時は小中部で20日以上、高校部で15日以上の連続勤務をした社員もいました。

当労働組合の闘争により、現在では週休2日制導入により公休日数が増え、代休も認められるようになった結果、校舎や部署単位では問題も残っていますが昔のように12日以上の連続勤務はほぼなくなったと思います。

実は最近ある出来事からeisu小中部の一部社員について冬期講習期間中に13日以上の労働基準法違反となる連続勤務が生じることが発覚し、当労組は即時会社に改善申入れを行ないました。1月後半から社と協議に入ります。

最近では学習塾業界も人手不足の傾向が強まりつつあります。業界に入ってくる人が減り、労働の過酷さに見切りをつけて業界を離れる人が増えれば、現場で働く塾人はより少ない人数でますます多くの業務を抱えざるを得ず、過酷な労働環境がこのままずっと続いていくと思っています。

過酷な『ワンオペ労働』に苦しむ塾人の皆さん。職場に労働組合を作って経営者に改善を要求しましょう!

次回は学習塾の労働時間管理の問題が、長時間労働をもたらす背景について説明します。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

CAPTCHA