学習塾のM&A

 

 全国の学習塾で働く塾人の皆さんへ。

 さる10月7日付のプレスリリースで、神奈川県を拠点とする大手進学塾 中萬学院が、大手学習塾佐鳴予備校に、保有する株式を全株譲渡したことが公表されました。学習塾の業界誌にも掲載されています。ここ数年、全国展開する大手の学習塾や総合教育産業が地方の有力な学習塾を買収したという話をたびたび耳にするようになりました。2018年1月8日のブログで、今後の学習塾業界の動向として2020年頃までにM&A(企業買収)による大きな再編が起こると指摘しましたが、今まさにその方向に進んでいるように思います。

学習塾のM&Aの背景

 企業間のM&Aはもはや珍しいことではありませんが、学習塾業界におけるこうした流れの背景には、何があるのでしょうか? その背景としては少子化による売上の減少、学習塾業界での内部競争の激化(学習塾どうしの利益の奪い合い)、大学入試改革などの影響により、今後の事業展望が描きにくいことがあげられます。今後の事業収益を確保・拡大するためには、より体力のある大きな会社のグループに入り、その中で企業活動をおこなう方が有利に事業展開を図れると考えるのは、経営判断としては当然のことでしょう。

 もう一つの背景として考えられるのは、学習塾の創業者の事業承継問題に関するものです。学習塾の中には、創業者が高齢化しているのにもかかわらず、その事業を引き継ぐ後継者(創業者の直系親族など)がいないところもあります。後継者がいたとしても今後の事業展開の見通しや意見の相違などから、事業承継がうまくいっていないところもあります。こういう裏事情はこの業界に長くいると実際にいろいろな人から聞いたりもします。

学習塾の事業承継問題

 もし自分が勤務する学習塾で、創業者が高齢になっているにもかかわらず、事業を引き継ぐ後継者が決まっていない(後継者がいない)状況がある場合、創業者が引退した後、勤務する学習塾はどうなってしまうのでしょうか?そこで働く社員として気になるのは当然だと思います。

 一般的な事業承継は、創業者が起こした会社を自分の直系の親族(子供)に引き継がせ2代目の経営者となってもらい、自らは会長職となり会社経営は2代目にまかせ、2代目が一人立ちしたと判断できれば引退するケースが多いと考えられます。もし親族の誰かに事業承継することが決まっていれば、創業者は自分の後継者として社員に紹介し、すでに職場の管理部門などで勤務しているはずです。

 しかし、創業者に直系親族(子供)がいない場合、いたとしても事業を引き継ぐことを拒んだ場合には、創業者は会社の事業継続のため、より規模の大きな同業他社に自分の会社を売却することを考えます。一般的な会社の売却方法は、創業者の持株会社の株式を売却先に譲渡し、経営権を売却先が掌握することで行われます。つまり売却先のグループの子会社になります。

 ここで「譲渡」と書きましたが経営権をタダで渡すわけではなく、「売る」ことになります。(注)上場していない会社の株式でも売却はできます。大手学習塾どうしでお互いの株式を持ち合いしている会社もあります。

 これは株取引と同じで、売る側はできるだけ自分の会社の経営権を相手に「高く」売りたいと考え、一方、買う側はできるだけ「安く」買おうとします。したがって売却価格で両者の折り合いがつかなかったという理由でM&Aが流れたという話も業界内ではたまに耳にします。

社員への事業承継は可能か?

 創業者の親族への事業承継が難しい場合、もう一つ考えられるのは、社員の中で経営者としての能力があり、信頼できると創業者が認める人を後継者として選び、その人に事業を引き継いでもらうことです。これはそれほど簡単ではありません。創業者の親族以外の人間に事業を承継させる場合、金融機関の承諾がどこまで得られるのか。また創業者の親族や現場社員の了解をどれだけ得られるのかという問題があります。

 学習塾でも法人として事業資金を金融機関から借り入れています。事業規模が大きいほど金額も莫大になります。もし創業者の親族ではない社員の誰かが事業を引き継いだ場合、金融機関から借りている事業資金(負債)も当然その人が引き継ぐことになります。いくら社員として高い経営能力があり、創業者が推薦したとしても、金融機関から見ればその時点では「ただの一社員」に変わりはなく、経営者としての「信用」はまったくありません。

 受け継いだ事業をその人物が今後も継続発展していけるかどうかも未知数です。そこで事業資金を貸し付けている金融機関は将来の債務不履行のリスクを減らすため信用保証・追加保証(追加担保)を創業者に求める場合もあります。

 この問題がクリアできれば親族でない社員を2代目として事業を継承させることは可能ですが、法人としての年間売上高が数十億~百億円以上あるような大手学習塾の場合、金融機関を納得させることは難しいのではないでしょうか。また社員の誰かが2代目になったとしても、現在いる社員がその人を信頼してついていくかどうかは別問題です。

 このように考えてくると、創業者の後継者が決まっていない場合や、かりに後継者がいたとしても今後の事業展望が描きにくい状況にある場合には、事業承継をスムーズに行うため、また今後の事業展開を有利に進めるために会社をより大きな同業他社に売却することもあり得るのではないでしょうか。

M&Aで職場の労働環境はどう変わるのか?

 それでは、もし自分が勤務する学習塾がM&Aにより同業他社に買収されたら、その後、職場の労働環境にはどのような変化が起こるのでしょうか? 認識しておいてほしい点が2点あります。これは学習塾に限ったことではなく、どんな業界のどこの会社にも当てはまることです。

 1点目はM&Aで買収側(親会社)と被買収側(子会社)との間では、どちらの力が強いのかということです。これは言うまでもなく親会社のほうが圧倒的に強いです。対等の立場をうたっていたとしても、数年先には親会社の経営支配が確実に強くなります。

 2点目は、労働環境(職場環境・労働時間・賃金など)は数年スパンで見た場合、自然に「力の強い方」と同水準になるように作用することです。これは「法則」と言ってもいいかもしれません。

 もし労働環境が買収時点で 親会社 > 子会社ならば、買収された側の労働環境は数年先には親会社と同水準になる(今より良くなる)こともあります。しかし買収時点の労働環境が 親会社 < 子会社ならば、買収された側の労働環境は数年先には親会社と同水準になる(今より悪くなる)可能性が高いです。「水は低きに流れる」と言いますが、それと同じく職場の労働環境も何もしなければ「低きに流れて(悪くなって)」いきます。

M&Aで労働組合はどうなるのか?

 自分の働く学習塾がより大きな同業他社にM&Aされ、経営者や経営体制が変わったら、その社内にもともとあった労働組合はどうなってしまうのでしょうか? 不安に思う方もいるかもしれません。

 でも労働組合は会社が買収され、新しい企業の傘下に入ったとしても、その事実をもって自然消滅してしまうことはありません。そこに労働組合が存在している限り、組合活動は買収先のグループ企業内で継続していきます。

 したがって買収した企業の経営者、すなわち親会社に対して団体交渉を要求したり、親会社が組合をつぶそうとした場合(これは普通にあり得ます)などには親会社への街宣行動や争議行為などを実行することもできます。また公式サイトや公式ツイッターを通してそのグループ企業内で起こっている労働問題を外部に発信することもできます。つまり労働組合の闘争相手が今までの経営者から親会社の経営者に変わるだけなのです。

 現在、大手学習塾の中で労使対抗型の労働組合が存在するのはeisuとワオ、市進の3社だけです。これ以外の学習塾には、会社の御用組合(大手塾で1社あります)は別として、そこで働く社員の側に立つ労使対抗型の労働組合が存在するところはありません。

 したがって、もし労働組合のある学習塾が同業他社に買収された場合には、親会社の社員を労働組合に加入させ組織化することにより、組合活動をそのグループ企業全体に波及・拡大していくこともできます。特に労働環境が 親会社 < 子会社の場合なら、まず最初に親会社の労働環境を子会社に合わせて引き上げさせること。次にその企業グループ全体の労働環境をより向上・改善させることを目的に組合活動をしていくことになると思います。

 先の例で、M&Aにより職場の労働環境は自然に「力の強い方」と同水準になると書きましたが、「力の強い方」をあえて「親会社」と書かなかった理由がここにあります。一般的には力の強いのは親会社でしょうが、私たちは、社員の側に立つ労使対抗型の労働組合が存在し活動していれば、やり方次第では親会社との力関係を逆転させることができると考えています。

M&Aの結果、職場環境や労働条件が以前より悪くなった(悪くなりそうだ)と悩んでいる全国の塾人の皆さん。ぜひ私たちかお近くのユニオンまで相談してください。

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