ユニオン☆彡ガール(パワハラ編 第二話)

 

全国の学習塾で働く塾人の皆さんへ。少し遅れましたが、連載小説『ユニオン☆彡ガール』パワハラ編の第二話をお届けします。作者の中野甚太氏は某大手学習塾で小学生・中学生を指導しているベテランの現役社員です。冬期講習などで年末年始はかなり忙しい状況でしたが、頑張って書いてもらいました。第三話も近日中にアップします。なお物語中の塾名、登場人物などはすべてフィクションです。

ユニオン☆彡ガール(パワハラ編 第二話)

作 中野 甚太   監修 ゆにおん丸

目的地はすぐに分かった。ビルの2Fの窓に大きく「くすのきユニオン 労働相談」という文字があり、その下に書いてある電話番号が、まさに私が電話した番号だった。思ったよりも小さな事務所みたいだな、と内心思った。階段を上がり、「くすのきユニオン」と書いてあるドアの前で少し様子をうかがってみる。まだちょっと得体の知れない所に来たって気持ちはある。でも静かで中の様子はうかがえない。思いきってドアを開けた。

「こんにちは…。」とおずおずと声を掛けると、奥から「はーい!」と元気な声が聞こえる。出てきたのはふくよかな、やさしそうなおばさんだった。

「お約束の電話をもらった方ですか?」

「そうです。15時に日向さんに相談をお願いしている上野菜月です…。」

「はいはい。時間ぴったりね」

おばさんはニコニコしながら入り口横のソファーを示して、「そこにかけて、ちょっと待っててね」と言ってくれた。

すぐにやってきた日向さんは、思ったよりも若い男の人だった。四十路に入っていないくらいかな? 生徒のお父さんよりも見た目は若い感じだ。手慣れた感じで「失礼しますね」と前のソファーに座り、名刺を差し出した。

そこには『くすのきユニオン 書記長 日向 法一』と書いてあった。

「はじめまして、書記長の日向(ひゅうが)です。法一と書いて『のりかず』と読みます。僕の実家はお寺でね、僕を僧侶にして寺を継がせようとしたおやじがこういう名前をつけたみたい。しょっちゅう『ほういち』って読まれて、怪談の『耳なし芳一』を連想されてしまいますけどね。でもそれですぐに『ほういちさん』って覚えてもらえています。結局、坊さんになるのが嫌でおやじと大喧嘩して家を飛び出して、それからいろいろ紆余曲折あって今はこのユニオンの書記長をしています。書記長ってのはここの所長のようなものです。」と笑顔で自己紹介した。

初対面の人から、いきなり自分の名前の由来や実家の話などを聞かされるとは思ってもみなかったので少し戸惑ったが、なかなか面白い話で素直に「へえー」って言ってしまう。不安な気持ちでいる私をリラックスさせ、話しやすくしてくれたのかな・・とも思った。

自己紹介が終わると日向さんは

「それじゃあ、まずは電話で簡単に聞かせてもらったことだけど、もう一度、確認しながら状況を聞かせてくださいね」と言いながら、分厚いノートを開いた。

「はい…。」ちょっとためらったが、私はこの4月からのことを話した。

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新しく教室長になった長門先生の私への風当たりは、新学期が始まってからどんどん強くなっていった。

まずはゴールデンウイークの特別講習で、私が担任する生徒の参加率が目標を下回り、長門先生からの攻撃の的になった。

「動きが遅い上に生徒への押しが弱い!」「講習の必要性を生徒や保護者に伝えられていない!」「生徒のためを思うなら参加させて当然だろ!」「もう新人じゃないんだから給料分くらい働け!」。

いよいよ明日から特別講習が始まるという日の帰り際にまくし立てられた。こちらは反論の余地もない。うつむいて耐え続けるしかなかった。

最悪の気分で特別講習を迎えたが、それでも何とかゴールデンウイークは乗り越えた。授業後の生徒アンケートを見て、まだまだ説明の工夫をしなくちゃとは思ったものの、おおむね生徒たちからは好感触だったようだ。でもこれにも長門先生のチェックが入る。

「この程度で満足してどーするんだよ? T校にいる土佐さん、同期だよな?  あの人のアンケートなんて、お前よりもっと『分かりやすかった』『満足した』が並ぶぞ。足元にも及んでないじゃねえかよ。」持って行ったアンケートを一瞥して、やはり責めたてられた。

この頃から、長門先生は私の言動に常にイラついているようになった。他の先生に用事があるときは「若狭先生、クラス替えのことでちょっといいですか?」と穏やかに呼ぶのに、私には「おい、上野!」といつも怒鳴り声で呼びつけ、その後は日によって長い短いはあるが大抵は説教になる。最初のころはあれこれ陰でフォローしてくれたほかの先生たちも、次第に何も言わなくなってきた。とばっちりが来ないように…って思っているのは私にも分かった。

5月後半から6月は夏期講習の準備が始まる。塾にとって夏期講習は一年で最大のヤマ場なので、2ヵ月かけてしっかりと準備を進めていく。次々にスケジュールが詰め込まれ、教材のチェックや授業内容・募集活動の進捗などのミーティング、生徒や保護者と夏期講習のプランを組み立てるための個別面談・・・といったことで一杯になる。

去年より仕事の流れは分かっていたものの、それでも次第に私の仕事が他の人たちから遅れ始めていった。それを感じ始めた時のこと、一日の業務が始まる前に長門先生に呼ばれ、まくしたてられた。

「お前、みんなの仕事の足を引っ張ってるの分かってるよな? このままだとこの校舎だけ、準備不足で夏の講習を迎えることになるよな? 全部お前が遅れてるからだよな?みんな先に進めないのって!」

準備が遅れていることには私にだって言い分はある。長門先生から突然振り分けられる仕事が多いからだ。

「クラスの席順を変えたから今日中に座席表を作れ!」「倉庫にある去年の教材をゴミに出して!授業の1時間前までには済ませろよ。」「受験生面談で志望校の提案に使うから、F鉄道沿線にある学校をピックアップした表を作れ!」

そして仕事に常にダメ出しをする。「教室に貼るものなのに見栄えが悪い!」「ゴミに出すなら全部出せ!残ってないかちゃんとチェックしろよ!」「表にするんだったらもっとレイアウトも工夫しろよ!こんな資料は恥ずかしくて出せねーじゃねえか!」

そのくせ、私だけに業務内容が伝えられていないこともある。テキストの納期が何日になるのかとか、説明会準備の進み具合とか、そういった全体の動きが伝えられていない。一度はミーティングがあることが伝えられていなかった。出社して他の先生が「今日のミーティングに出す資料が…」と話しているのを聞いて、自分の資料を完成させていない私はパニックになった。冷静を装って必死で間に合わせたが内容は最悪の出来だった。

そして何より、毎回長門先生の説教が長いからだ。多い時は週に3回は説教の時間がある。

確かに長門先生の言っていることには一応の納得はできる。でも、それが毎回こんな口調で、長時間にわたって続けられるのはストレスだ。この時間を自分の仕事に使えたら、もっと仕事も片付くはずなんだけど…。心の中でそう思いながら、この頃では顔にも出さないようになっていた。嵐もいつか過ぎるはずだ…そう思って耐えるしかなかった。

しかし、この日の嵐はおさまらず、さらに言葉が続いた。

「お前って、結局会社にとってのお荷物、赤字社員じゃねえかよ。よく給料もらっていられるよな? 俺だったら恥ずかしくて辞めるけどな。今からでも遅くないから辞めたりしねえの? そうしてくれると会社も俺たちも助かるんだけどなぁ。」

吐き出すように言った長門先生の言葉で私は体が硬直した。この人は…私を辞めさせようとしている? お荷物? 赤字社員? 私はそんなにひどいのか? 確かに私は、仕事にまだ不慣れなことも多く、回りのスタッフに迷惑をかけることもあるだろう。でも、子どもたちも懐いてくれていたし、私のせいで生徒が塾を辞めてしまうことも決して多くはないはずだ。

 驚く私に長門先生は続ける。

「会社って慈善事業とかじゃないから、利益を出して初めてみんなに給料として払えるんだよ。だから、お前みたいな仕事のできない奴が、ずるずると会社に居座って給料をもらっているってことは、その分みんなが給料を減らされているってことなんだよ。仕事だけじゃなくて、金銭面でもまわりに負担をかけてるってことだな。そして、そうやって作られた給料をもらってお前は遊んでるってことだ。そう考えると恥ずかしくないか? 上野せ・ん・せ・い?」

 目を三角にしたまま、長門先生は嫌味たっぷりで茶化した。そしてまだ続ける。

「そして、お前の仕事の遅さのせいで夏の講習も失敗するってことは、ますます校舎の赤字を増やしてくれるってわけだよな?4月にここに来た時に言ったけど、オレはこのN校舎の赤字を立て直さなきゃいけねえんだよ。社長や統括から直接そう期待されてたから、こんな来たくもない校舎に来てんだよ。校舎を立て直そうと思ったら、お前みたいな赤字社員にいてもらっちゃ困るんだ? 分かる?」

 この時まで、長門先生は私を良くしよう、仕事を教え込もうとしてくれていると(かすかながら)思っていた。そう期待していたのかも知れない。でも、この時はっきりと「会社にとって必要ない人間」どころか「会社にとって損害」だと告げられた。そうなの? 私がこの会社にいない方が、会社にとってもいいことなの? そう思うと、胸が締め付けられる思いがした。

溢れる悲しさと無力感で、その後の長門先生の話は全く覚えていない。気が付けば帰りの電車を降りて改札を出ようとしているところだった。こんなにボーっとしたのは人生初めてだ。良く倒れなかったな、とさえ思う。

このまま仕事を辞めて遠くに行ってしまおうか、とその晩は悶々と考えていたが、翌日もいつも通りに出社した。金銭面の心配よりも、自分の受け持っている生徒たちのことが気になって、ここで投げ出したくないと思ったからだ。あの子たちの受験まではちゃんと仕事をしたかった。長門先生は私をチラッと見ただけで、その日から数日は何もなく過ぎた。

 しかし、この時に言われたことで私の中で長門先生の説教に対しての受け止め方も変わった。

冷静になって考えてみると、私は「お荷物」だの「赤字社員」だの言われるほどひどいのか? 長門先生は私の何を見てそう言えるのか? 第一、いつもあんな口調で叱責するのは社会人として、大人としてどうなの? 時々机を叩きながらヒートアップするのはありなの? 校舎の雰囲気を重くして、みんなをビクビクさせているのはあなたの方じゃないの?

そして、そんな理屈で仕事を辞めるように追いやってきたことも許せなくなってきた。さすがに…これはただの嫌がらせ、パワハラに過ぎないんじゃないかと、ニブイ私にも感じられてきた。

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私は意を決して、ヤマト学院の本社に相談することにした。

学院本社には社員のための『パワハラ・セクハラ相談室』がある。そこにメールで現在、長門先生から日々投げかけられている言葉を箇条書きにし、「私は4月から新しく教室長になった長門先生から日々こうした言葉をぶつけられています。そのため通常の業務も遅れがちです。これはパワーハラスメントに当たるのではないでしょうか?」という文章とともに送信した。長門先生のひどい仕打ちが少しでも軽くなればいい。さすがにこれはパワハラとして、会社も何らかの手を打ってくれるだろう。

二日後に返信がきた。送信者に「ヤマト学院統括マネージャー 丹波」とあった。待ちに待ったメールだ! といそいそと開いてみると、そこには次のようなことが書かれていた。

ヤマト学院 N校舎 上野様へ

統括本部でも確認しましたが、長門先生の行為はあなたに早く一人前の社員になって欲しい、しっかり日々の業務に取り組んでほしいという熱意の表れであり、パワーハラスメントにはあたりません。長門先生はあなたに大和学院の教師として恥ずかしくない立派な社員になってほしいと思っています。現在も仕事が遅れ気味で、周囲に負担をかけていますよね?長門先生の指導は厳しいかもしれませんが、これも社会人として一人前になるための修行です。しっかりと長門先生の指導を受け止めるようにしてください。常に『生徒のために』という視点からあなたも日々の業務を見直し、大和学院の一員として会社に貢献できるよう努めてください。 ヤマト学院統括マネージャー 丹波

私は目を疑った。本社の対応に少し期待していたのが間違いだった。会社は長門先生の行為をパワハラとは認めてくれないの? 会社はパワハラをやめさせるために何もしてくれないの? そもそも本部は本当にちゃんと調査をしてくれたの? なら、いったい何のための『パワハラ・セクハラ相談室』なの?

期待の裏返しで一瞬怒りがこみ上げ、もう一度丹波マネージャーにお願いしようとメールを打ち始めたが、しだいに涙があふれてきて作成中のメールを途中で破棄した。

やっぱり私はヤマト学院にいてはいけない人間、「赤字社員」なんだ。ここには私の気持ちをわかってくれる、味方になってくれる人も誰もいないんだ。私はヤマト学院を辞めるべきなの・・・

(第三話に続く)

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