ブラック学習塾に入社しないために(第1回)

コロナ禍で大変な状況が続いていますが、来年3月から本格的な就活を始める現在大学3年生の学生の皆さんや、転職を考えている皆さんの中で、学習塾への就職(入社)を希望している方も多いと思います。就職先を決める時には、まず入社を希望する学習塾のWebサイトを見ることが多いと思います。
学習塾のWebサイトは主に生徒や保護者向けなのですが、隅の方に「会社概要」「採用情報」のタブがあります。そこを開くとその学習塾の沿革や企業理念、経営者からのメッセージ、求める人材像、仕事内容、先輩社員の声などが掲載されています。
それらを見て、その学習塾に興味を持ち会社説明会に参加したいと思えば、次にマイナビやリクナビ等の求人サイトで細かな求人情報や会社説明会の日程などをチェックすることになります。
求人サイトには様々なデータが掲載されています。また学習塾によっても掲載内容や使われている表現など、細かい部分は千差万別です。求職者はそれらの学習塾の求人データを比較検討して最終的に入社を希望する学習塾を絞り込むというのが一般的なやり方だと思います。
ところで、学習塾に限らずどんな業界にも「ブラック企業」は存在します。求職者にとっては、入社後「こんなはずではなかった」と後悔しないよう、職場環境や労働条件がブラックな会社はできるだけ避けたいですよね。
数年前、ユニオン(一般労働組合)の全国大会に参加したとき、首都圏にある某ユニオンの執行役員をしている方と知り合いになりました。その人は「ブラック企業は、その会社のWebサイトや求人サイトに掲載されている情報から判断できる。掲載してある情報等をうのみにして入社してはいけない」と言っていました。そしてブラック企業かどうかを判別するために、求職者がチェックすべき項目を詳しく教えてくれました。
それでは入社を希望する学習塾を決めるとき、その会社のWebサイトや求人情報のどの部分に注意を払うべきか。3回にわたって説明していきます。
入社希望の会社の職場環境がブラックかどうかを見極めるためのポイントです。学習塾を念頭に書いてありますが、これは学習塾以外の会社でも使えます。
抽象的な言葉を多用する会社は避ける
社員の採用ページで、「成長」「夢」「感動」「やりがい」「充実感」「情熱」「自分らしく」「輝く」「笑顔」「仲間」などのプラスイメージを喚起する抽象的・情緒的な言葉が多用されている場合は注意が必要です。ただしこのような言葉がすべてダメだと言っているのではありません。
経営者のメッセージや企業理念、経営方針などとそれらの言葉が文脈的・意味的にリンクしていればOKですが、これらの言葉がその会社の職場環境や労働条件を表す言葉として使われている場合や、会社の職場や仕事内容のアピールに使われている場合、またページ全体を見てその言葉だけが妙に「浮いて」いて「違和感を覚える」ようであればブラックなのではと疑ってみたほうがいいでしょう。
このような言葉は求職者の心情に訴えかけ、求職者の「この会社に入りたい」という気持ちを喚起・高揚させるものですが、少し待って下さい。社員を募集するのになぜ心情に訴える必要があるのか?
職場環境や労働条件がしっかり整備されている会社なら、求職者の心情に訴えるような言葉は社員の採用ページでは使いません。それよりも入社後の職場環境や労働条件、業務に必要なスキル、入社後のキャリアアップや研修制度などについて具体的に記載してあるのが普通です。
採用ページで抽象的かつ情緒的な言葉を多用する会社は、職場環境や労働条件などがブラックで社員の定着率が低く、自社の職場環境や労働条件について求職者にアピールできる部分が何もないので、求職者の心情に訴えかけることで社員を募集する以外に方法がないと考えたほうがいいです。
したがって採用ページを見て、このような耳触りの良い言葉が多用され、求職者の心情に訴えかけることで自社をアピールしているような会社は入社を避けるべきだと思います。
「やりがい」を過度に強調する会社は避ける
社員の採用ページで、仕事への「やりがい」や、仕事を通じた「自己実現(または成長)」を過度に強調している場合も注意が必要です。学習塾の使命は受験指導を通して生徒の成績向上と志望校に合格させることで、教えることはたいへん「やりがい」のある仕事です。
生徒を指導し合格させるという「人を育てる」ことを通してさまざまな経験を積み、人として成長でき自己実現を図ることができる職場だと思います。
問題なのは、そうした働く者の「やりがい」をうまく利用することによって、劣悪な職場環境の中で働く者の心身が壊れるまで働かせるブラック企業も存在することです。特に学習塾業界では昔から『生徒第一』という独特な労働観、労働哲学が存在します。
この『生徒第一』という言葉が職場内で過剰に拡大解釈された結果、働く者に長時間労働やサービス残業を強要する温床となっていたり、劣悪な職場環境への言い訳として使われていること(生徒のためには過酷な職場でも我慢しろということ)は過去のブログで何度も指摘しています。
したがって「仕事 = やりがい」「やりがい = 自己実現」が正しい常識だと思い込んでいるとブラック企業の「やりがい搾取」のワナにはまってしまう危険性が高くなります。やりがいや自己実現自体は悪くないのですが、求職者に対してあまりにも仕事に限定した「やりがい」「自己実現」「人間的成長」を強くアピールしている会社は入社を避けるべきだと思います。
入社後の職場環境が『仕事を通して成長できます』『やりがいがあり、毎日が充実してます』というような言葉で表現されていたら、この会社に入りたいと思いますか? 入ったら地獄かもしれませんよ。
「先輩社員の声」は参考程度に
社員の採用ページには「先輩社員の声」が掲載されていることもあります。いろいろな部署でさまざまな仕事をこなしている先輩の話は、その職場の雰囲気や仕事内容等を知ることができ、求職者にとって入社後のイメージをはっきりさせることができます。
しかし、これら「先輩の声」はあくまで社員の中の特定個人の感想に過ぎません。また当然のことですが、その会社の「悪い部分」は書かれていません。まったくの嘘が書いてあるとは思いませんが、かなりの部分で一定の脚色(フィクション)がされていると考えるべきです。
したがってこれらを見て、勝手に良いイメージだけを膨らませるのは危険です。その会社で働く多くの社員の中から選ばれた一社員の個人的な感想として、あくまで参考程度にとどめておいたほうがいいです。内容をうのみにすることだけは絶対に避けましょう。
モデル賃金・モデル年収をうのみにしない
社員の採用ページや会社案内のパンフなどに、入社後の社員のモデル賃金・年収が記載されていることもあります。たとえば、30歳総合職(年収 600万)、30歳一般職(年収500万)といったような形式で書かれています。こうしたモデル賃金・年収についてもあくまで参考程度に考えるべきです。また業種別の労働者の平均賃金(平均年収)や年齢別のの平均賃金(平均年収)と比較して年齢のわりにモデル賃金・年収額が高い場合も注意が必要です。
当然のことですが、モデル賃金・年収とはその年齢になった社員全員がその金額をもらえるわけではありません。ではまったくのデタラメかというとそうとも言い切れません。考え方としては上記の例の場合、30歳以上の総合職社員の中で年収600万円以上もらっている人が1人でもいれば嘘が書いてあることにはなりません。
学習塾業界でも生徒が増加していた1990年代末頃までは年収が右肩上がりでしたが、現在は少子化や学習塾間でのパイの奪い合い、競争などの影響により売上高、経常利益が低下している学習塾が多くなり、また成果主義により賞与等で業績連動性を取っている学習塾も多いので、モデル賃金・年収に記載されているような金額をもらっている人は(その会社の役員や上級幹部社員でもない限り)ほんの一握りだと思います。
中には1990年代頃と全く同じモデル賃金・年収を記載している学習塾もあり、実態とかなり乖離している場合もあります。したがってあくまで参考程度にとどめ、内容をうのみにすることだけは絶対に避けましょう。
過去に労働問題が発生した会社は避ける
過去に賃金未払いや解雇等で社員が会社を提訴した。過労死や長時間労働によるうつ病で社員が労災申請しマスコミに報道された。大きな労使紛争が発生したなどの事実があった場合、それらは会社にとっては「負の経歴」にあたるので、社員の採用ページやWebサイトでは絶対に記載されません。
本来ならば、そうした労働問題が過去に起こったとしても、それを事実として認め、二度とそのようなことが起こらないよう会社として改善に取り組んでいることを自社のWebサイトなどでアピールすべきですが、ほとんどの会社はその事実がなかったこととして隠蔽します。しかし今の時代、インターネットやSNS等で検索すれば簡単にわかります。
インターネットなどの無かった時代、会社内で労働問題や労使紛争が起こっても求職者を含む外部の人がそれを知ることは困難でした。今ではパソコンやスマホであらゆる情報が検索できるようになり、会社のそうした「負の経歴」についても比較的容易に調べることができます。
したがって入社希望の会社をある程度絞り込んだらインターネットでその会社の「負の経歴」を調べてみるといいです。もし過去の長時間労働、過労死、残業代未払い、社員からの提訴などの事実が出てきて、会社がその事実を認め、改善に取り組んでいることを自社のWebサイトなどで求職者にも開示していない場合には、その会社の労働環境はブラックである可能性が高いです。入社は絶対に避けるべきだと思います。
eisu、ワオ、市進学院のように社内に外部のユニオン(一般労働組合)の分会が組織され、しっかりと活動している学習塾については、会社の経営者や上層部が労働組合の動向に注意を払っていることもあり、過去に労使紛争が発生していたとしても、職場の労働環境はブラックにはなりにくいと思います。(あくまで現時点のものであり、将来の労使関係を保証するものではありませんが・・・)
また入社を希望する会社の職場環境や労働条件を具体的に知りたい場合は、「OpenWork」「転職会議」などの求職者向けの口コミサイトを活用すると、その会社の内部環境がある程度わかります。こうした口コミサイトに書いてあることは信用できないと言う人もいますが、学習塾に限って言えば、案外実態に近い評価が書いてあると思います。ただし掲示内容が絶対に正しいとは言い切れないので、あくまで会社選びの参考に考えておくとよいです。
次回は入社希望の会社の職場環境がブラックかどうかを見極めるために、リクナビ、マイナビ等の求人サイトに掲載されている求人情報のどの部分に注意すべきかについて説明します。