学習塾での業務委託契約強要問題(前編)
学習塾で働く塾人からの相談
ここ数年、他塾で勤務する塾人の方から、「会社から業務委託契約を結ぶように言われて困っている」という相談をたびたび受けるようになりました。
コロナ禍が続いていた2020年の秋頃から、このサイトを通して塾人から業務委託契約に関する相談が入るようになりました。
最初の頃はまだ定年後の再雇用社員や契約社員、非常勤講師の方からの相談がほとんどでしたが、今年に入ってから正社員の方からの相談が増えています。
当労組は2021年1月に「偽装業務委託契約に気をつけろ!」というブログを当サイトにアップし、塾人の方への注意喚起やデメリットなどを詳しく説明しました。
したがってここでは詳しい説明は割愛します。必ず「偽装業務委託契約に気をつけろ!」(2021年1月25日のブログ)と合わせてお読み下さい。
業務委託の働き方とはどういうものか?
業務委託とはいわゆる「フリーランス」の働き方のことで、会社が労働者を雇用して業務を行なわせるのではなく、個人事業主として業務を委託する(請け負わせる)働き方です。
近年、働き方改革における多様な働き方の一つとして、会社に雇用されずにフリーランスで個人が独立して仕事を請け負う働き方が注目されてきました。
政府も働き方改革の一形態としてフリーランスの拡大を後押ししてます。大手企業でも40歳以上の中高年社員に対し、会社との業務委託契約を結んでフリーランスになることを推奨する動きも見られます。
では、会社に直接雇用される労働者(正社員、契約社員、パート、アルバイト)とは何が違うのかと言うと、「労働者」ではなく「個人事業主」として扱われることです。
会社と業務請負契約を結んでその対価として報酬(労働者ではないので給与・賃金とは言わない)をもらうという働き方です。
「個人事業主」として働く人の例としては、技術者、ライター、デザイナー、弁護士、公認会計士、コンサルタントなどの専門的知識・技能を持つ人や芸能人などが当てはまります。
業務委託契約はあくまで特殊技能・技術や才能を持つ人がそれを生かして仕事をすることを想定した契約です。つまり一定レベル以上の専門的な特殊技能や知識、資格を持つ人の働き方であり、一般のホワイトカラー・事務職を想定したものではありません。
大学卒業後ずっと会社に雇用され、高度な専門的技能や資格を持たない「普通の労働者」だった人が、いきなり明日から「個人事業主」としてフリーランスで働けと言われても絶対うまくいきません。むしろデメリットのほうが大きいです。
業務委託への転換は会社のリストラです!
会社にとっては、労働者を直接雇うよりも業務委託にしたほうがメリットは大きいです。労働者の雇用保険や厚生年金保険料、健康保険料などの社会保険料を会社が負担する必要はなくなります。また通勤費や残業代なども払わなくてもよくなります。
また「業務委託契約の解除(いわば解雇)」や「報酬の減額」も簡単にできます。特にその会社に雇用される正社員から業務委託に転換した場合、「力関係」は対等にはなり得ず、同じ職場(会社)で業務委託として継続して働く人はかなり弱い立場に立たされます。
ここ数年、労働者に「業務委託契約」への転換を強要する学習塾が増えた理由は、学習塾自体の利益の減少が大きいと思います。大手塾でもコロナ禍以降は生徒数や売上を毎年減らしているところが多いです。
その他の理由としては「少子化」や、ここ20年以上、賃金が増えず支出だけが増えていく現況において、もはや保護者にとって「子どもの教育費=聖域」でなくなったことも要因だと思います。
こうなると経営者がまず考えるのは「人件費」の圧縮です。とは言え、いきなり「解雇」や「賃金の削減」は相手が直接雇用の労働者だと労使トラブルになりやすく難しいです。
そこで言葉巧みに「業務委託契約」を結ぶことで「労働者」としての権利を奪ったうえで安上がりに酷使しようということです。
業務委託契約を結ぶとこうなります。
それでは、会社と業務委託契約を結んで「労働者」から「個人事業主」に転換するとどうなるのか。以下に箇条書きしていきます。
詳しいことは「偽装業務委託契約に気をつけろ!」(2021年1月25日のブログ)に説明してあるので、そちらをお読み下さい。
① 労働基準法などの労働諸法規の保護がなくなる。
② 労働基準監督署や労働局に相談しても対応してくれない。
③ 社会保険はすべて自己負担となる
④ 雇用保険がないので、仕事を失っても失業手当はない。
⑤ 仕事中にケガをしても労災保険はないので、治療費等は自己負担となる。
⑥ 有給休暇、介護休暇などの各種休暇制度はない。
⑦ 通勤費、職能手当などの各種手当は原則ない。
⑧ 時間外手当(残業代)や賞与もない。
⑨ 一方的に報酬の減額や業務委託契約を解除されても「自己責任」になる。
⑩ 業務委託契約を結んで時間が経過している場合、ユニオン(一般労働組合)でも対処不能なケースがある。
業務委託契約の「落とし穴」
当労組にこのサイトを通して、業務委託契約に関する塾人からの相談が入るようになってすでに2年以上たちます。
相談者の中には「会社とのトラブルを避けるため、いったん業務委託契約を結んで個人事業主になり、業務委託で働いている間に転職活動をして別の会社に正社員として転職すればいいのでは?」と言う人もいました。
確かに会社との無用なトラブルや紛争を避けたい気持ちは理解できます。しかしこのやり方は「正しい方法」「適切な対処法」にはなりません。なぜなら一時的にせよ労働者の立場をやめて嫌々「個人事業主」になった人が転職活動しても、今以上の有利な条件で正社員として雇用してくれる会社がどれだけあるかは疑問だからです。
むしろ現在の「個人事業主」としての不安定な立場を利用されて賃金や労働条件を買い叩いてくる会社のほうが多いのではないでしょうか。個人事業主になれば失業手当は出ないし社会保険料もすべて自己負担になります。これは自身の「職務経歴」(キャリア)にはっきり表れます。
「ずっと正社員でした」と嘘をついても転職先の会社で社会保険の切り替え手続きの時にバレます。採用後にそれがバレた場合は信用を失います。したがって「会社と争いたくないから」という理由で、安易に業務委託契約を結んで個人事業主に転換してしまうと、自身の職務経歴にキズがつき、その後の就職や転職が不利になる可能性も十分想定しておくべきです
「会社に雇用される労働者」から「個人事業主」に転換することは、一言でいえば「脱サラ」だと考えるとよくわかります。サラリーマンを辞めて脱サラする人はいつの時代にもいますが、誰もが入念な準備や資金の確保を何年もかけて行いますね。「会社と揉めたくないから」という理由で急いで脱サラする人などいないです。
少し厳しいことを書きましたが、とにかく会社の強要に応じて安易に業務委託契約を結んで「個人事業主」に転換してしまうと絶対後悔します。新卒後ずっとサラリーマンで勤めてきた人が、いきなり何の準備もなく「個人事業主」になってもメリットは一つもありません。
会社が業務委託契約を強要してきたら、「会社と争っても断固拒否する」か「不本意ながら業務委託契約にサインする」かの二者択一にしかならないことです。どちらを取るかは、自身の利益や将来のキャリアに与える影響を深く考えて決めるべきです。どちらを取るにしても「覚悟」を決めて臨むべきです。
相談に際してのお願い
さて、私たち労働組合は「人件費を抑えて働く人を酷使するために業務委託契約を強要してくる会社(学習塾)」を断じて許すことはできません。したがって業務委託契約の締結に関する塾人からの相談には今までも誠実に対応してきました。
しかし相談の時期や内容によっては「手遅れ」になるケースもあります。よって業務委託契約を会社から強要されて困っている方は、このサイトを通して私たちに相談する場合、必ず以下の事を守って下さい。
① 必ず会社との業務委託契約を結ぶ前に相談して下さい。締結した後では対処できないおそれがあります。
② 相談する場合は、時間的余裕をもって、会社と業務委託契約を結ぶ期日の1カ月~2週間前までにお願いします。契約締結の直前では対処できないおそれがあります。
③ 相談者の氏名、勤務する会社名、現在の雇用関係(正社員・契約社員・非常勤講師、定年後再雇用など)、職務内容と勤務地域は必ず相談内容に入れて下さい。
後編では、会社が業務委託契約を強要してきた場合の対処法について書きます。
会社に言われるまま業務委託契約書にサインすることは絶対にやめましょう!
サインする前に必ず私たちか近隣のユニオンまで相談を!