学習塾への入社希望者が減少している背景(前編)

eisu社員、全国の学習塾で働く塾人の皆さんへ。
3月1日より24年度入社予定の大学生の就活がスタートしました。現在、学習塾業界でも会社説明会や採用活動が行われています。就活生には自分の希望する業界や会社に入社できるよう頑張ってほしいと思います。
さて、前回のブログでも少し触れましたが、近年、学習塾への就職を希望する新卒者が減っています。他塾で働く塾人からも、新卒を募集しても集まらない。内定者数でいうと最盛期の3割から1割程度しか入社しないところもあり、退職者の人員が補充できず業務に支障が出ているという話をよく聞きます。
大手塾だけでなく地方の中規模塾で働く塾人からも同様な話を聞くので、全国の学習塾で「人材が集まらない」という問題が広い範囲で発生していると考えられます。
学習塾業界には、長時間労働や連続勤務、サービス残業、少ない休日、やりがい搾取、低賃金など様々な問題が存在しており、残念ながら巷間では「ブラック業界」と認識されています。
私たちのような学習塾内で活動する労働組合はこうした問題を解決・改善するために日々頑張っていますが、そもそも学習塾業界には大手学習塾を含めても、労使対抗型の労働組合が存在する会社は皆無に近く、過酷な労働環境が放置されているところも多いです。
しかし、学習塾業界に人が集まらなくなった背景は、こうした学習塾業界の労働環境の問題だけではないと思います。
そこで学習塾内部の労働環境の問題以外の外的要因について少し考えてみたいと思います。なお学習塾職場の労働問題は今まで語り尽くしてきたのでここでは触れません。
外的要因その1 急激な少子化
外的要因として最も大きいのは、言わずと知れた「急激な少子化」です。先日厚生労働省が出した速報値では、22年度の出生数は79万9728人で、80万人を割っています。これは記録が残る1899年以降初めてで、出生数は7年連続で過去最少となっています。
そもそも学習塾業界にとって、その顧客は「子供」です。生まれてくる子供の数が減り続ければ、将来の学習塾の顧客が減り、売上も減るのは当然予測できます。
そして少くなったパイ(顧客である子供)を全国の学習塾どうしで奪い合うということが起こります。当然、個々の学習塾の売上は減り、中には倒産や廃業するところも現れるかもしれません。
学習塾業界にとって、市場のシュリンク(収縮)に今後どのように対応していくのかが問われてきます。
近年、学習塾業界では、少子化により減った売上を確保するため、高所得家庭の子弟や地域の進学校に通う生徒を顧客対象とすることに力を入れたり、授業料以外にオプション講座を複数取らせるなどして、生徒1人あたりの売上を確保する動きが見られます。
これは企業からすれば当然のことですが、急速に進む現代の少子化に対して、このような小手先の対処法ではいずれ限界が来るような気がします。
岸田政権は「異次元の少子化対策」と称して子ども手当の拡充を検討しており、また地方自治体も独自に子ども手当の増額や年齢延長を検討するところも増えています。
でも、子ども手当をもらっても生活費に支出され、学習塾に使ってくれなければ意味はありません。
いっそのこと子供を学習塾に通わせる費用を国や自治体が丸ごと補てんしてくれれば、この問題は一気に解決できますが、そんなことは不可能でしょう。
もちろん日本で少子化が進んだのは学習塾の責任ではありません。悪いのは国と政治、政治家です。
なので学習塾がどんなに頑張っても日本の少子化を食い止めることはできません。現状を受け入れる以外ないのです。
そうは言っても、就活生の立場で考えてみると、就職後、定年までの社会人としての長いキャリアを考えた場合、「今後の日本は少子化がいっそう進む」⇒「顧客である子供の数が減る」⇒「学習塾の利益が減る」⇒「今後は衰退産業となる」⇒「安定した就職先にはならない」という図式が成り立ちます。
日本の出生数の推移を示したグラフを見ると分かりますが、1971年~75年頃に生まれた第2次ベビーブーム世代が結婚・出産適齢期を迎えた90年代後半~2000年代初頭にかけて、出生数はまったく増えていません。本来ならここで第3次ベビーブームが起こり出生数が急増するはずでしたが・・・
学習塾業界で長く働いてきた人ならわかると思いますが、学習塾で解雇、退職強要、賃下げ、労働組合の結成、労使紛争などが発生してきたのもちょうど2000年代初頭以降で、第3次ベビーブームが起こらなかったことがはっきりした時期に該当します。
売上や利益が下がった分を、そこで働く人をリストラしたり賃金などの人件費を下げることで補填しようとするブラック経営者が圧倒的に多い日本ですが、従業員の人件費を下げることで売り上げを確保することを続けていけば、やがて人材を募集してもまったく集まらず「人手不足倒産」も起こるのではないでしょうか。
実際「従業員の離職・人材確保難」を原因とする倒産が建設業・運送業・飲食業などで増えているという最近のデータもあります。近い将来、学習塾でもこうしたことが絶対に起こらないとの保証はありません。
つまり学習塾への入社を希望する人が集まらなくなった背景の1つには、急激な少子化により、学習塾業界の今後の成長・発展に不安や疑問を持つ就活生が増えたことが要因だと考えられます。
外的要因その2 貧困世帯の増加
現代の日本で働く人の賃金はここ30年以上停滞したままで、雇用の劣化と貧困化が進んでいます。日本の勤労者の平均年収は、2022年の調査では平均年収403万円、年収中央値は350万円ほどです。30代の子育て世代については平均年収の中央値が300万~350万円程度とするデータもあります。
非正規労働者の増加、中流世帯の貧困化、シングルマザー(母子世帯)の増加などが問題となっている現在の日本において、子供を生み育てられ、学習塾に子供を通わせられる経済的余裕のある世帯がはたして全国にどれくらいあるでしょうか。
2019年の調査によると、17歳未満の子供の貧困率は13.5%で、およそ7人に1人が該当するというデータもあります。これも近年の学習塾業界でよく言われますが、公立中学生が入塾する時期が昔と比べてかなり遅くなっています。
昔は中1や中2で入塾しそのまま中3まで継続する生徒も普通にいましたが、今では受験学年である中3の4月に入塾するケースや、中3の夏期講習以降に入塾してくるケースが多くなっています。また年間授業を取らず、夏期・冬期・春期などの短期講習だけを受講する生徒も増えています。
中1で入塾して中3まで継続すれば、その学習塾にとっては3年間の売上が確保されますが、売上につながる期間が1年~半年程度と昔と比べてかなり短くなっており、また短期講習を受講しても入塾しないケースも増えています。
これは高校部を併設している学習塾も同じで、高1で入塾して大学入試まで継続する生徒の数も以前より減ってきています。個別指導塾や衛星授業を中心とする塾では、指導教科を複数取らずに、自分の超苦手科目だけに絞って受講するケースも増えています。
そして、これらは学習塾の売上を停滞させる要因になっています。
かつて「子供の教育費」は聖域と呼ばれ、親はどんなに無理をしてでも自分の子供には教育費を何とか捻出し「より良い教育」を与える努力をしてきました。
でも雇用が劣化し所得も増えない現在の日本では、それも親の努力の限界を超えているのではないでしょうか。
親からすれば「子供には教育費をかけてあげたいけれど、そんな余裕はない。塾に行かせるとしても短期間しか無理」という家庭が増えているのは事実です。
現在の日本において、もはや子供の教育費は聖域ではなくなったとも言えます。
もちろん日本で貧困化が進んだのは学習塾の責任ではありませんが、これも就活生の立場で考えると、「今後の日本は貧困化がいっそう進む」⇒「学習塾に子供を通塾させられる経済的余裕のある世帯が減る」⇒「学習塾の利益が減る」⇒「今後は衰退産業となる」⇒「安定した就職先にはならない」という図式が成り立つと考えられます。
つまり学習塾で働きたいと希望する人が集まらなくなった背景の1つには、社会の貧困化が進んだ結果、学習塾業界の今後の成長・発展に不安を感じる就活生が増えたことが要因だと考えられます。
学習塾業界は早急に対応を考えるべき
現在の急激な少子化、そして貧困化の中で、学習塾業界は顧客である子供たちに対して、今後どのような対応策を進めるべきか。どのようなニーズがあるのか。どのような教育サービスが提供できるのか。学習塾の業界誌などを読んでも学習塾業界全体としての明確な方針や取り組みは打ち出されていません。
なぜかというと、子供の数が減っているにもかかわらず、ここ20年間ほど学習塾業界の市場規模は9000億円代で推移しており、それほど下がっていないからです。これは生徒一人が学習塾に払う費用(顧客単価)が上昇し続けたことが理由として挙げられます。
しかし子育て世帯の可処分所得(手取り収入)が減り続けている現在、今後も学習塾に通う生徒の顧客単価が際限なく上がっていくとは考えられません。
経済的に余裕のある世帯が減っている以上、もはや生徒数の減少を顧客単価のアップで埋め合わせるのは限界にきているように思います。
少子化や貧困化は学習塾の責任ではないので、学習塾の経営者が『少子化や貧困化の問題は民間企業が対応するものではなく、国や政治家が解決するべきだ』と言うのも理解はできますが、このまま何も手を打たなければ、数年先には学習塾業界は深刻な危機に陥るかもしれません。
学習塾業界にとって、今まで民間教育界をけん引してきた自覚と自負があるなら、急速な少子化により今後の学習塾市場がシュリンクしていくことへの対応策や、貧困化により経済的余裕のない世帯の子供たちに対して、今後どのような教育サービスを提供することができるのかを真剣に考えていくべきではないでしょうか。
高所得層を顧客の対象にしたりオプション講座をたくさん取らせることも売上確保のためには必要なことですが、教育費の負担増加に悩む『大多数の普通の一般家庭』の子供を対象に、民間教育界としてできることを考え、実行していくことも、今の日本の現状を考えると、これからの学習塾業界にとっては大切だと思います。
一言付け加えておくと、私たちにとっても、民間教育を担う学習塾に希望を持って入社してくる人が減るのは心が痛むし、長年働いてきた業界が「衰退産業」と言われることにも良い気分はしません。
やはり私たち労働組合が中心となり、多くの就活生にとって魅力ある職場、安心して働ける労働環境を構築していくことが、学習塾に入社を希望する人を増やすための条件の1つだと思っています。
長くなったので後編に続きます。後編でも学習塾業界に人材が集まらなくなった背景となる外的要因について説明します。ただし誰もが知っている学習塾の労働問題にはあえて触れません。