塾講師が短期間で辞めるのはなぜか? その背景(前編)

学習塾業界は昔から人の入れ替わりが激しい業界だと言われます。新卒で学習塾に入社しても2~3年で退職してしまう人も多いです。大手塾でも社員の平均勤続年数は10年程度のところもあります。

これは、学習塾特有の職場環境や労働条件にあります。たとえば長時間労働、サービス残業、給与水準、年休取得の難しさ、やりがい搾取労働などです。

これらに原因があるのはもちろんですが、実はもう一つ大きな理由があります。こう言うと驚くかもしれませんが、そもそも昔から学習塾は労働者の長期雇用を前提としない業種だからです。

この背景は、1980年代以降、学習塾業界が大きく成長し、塾講師の「正社員」採用が一般的になった時期の、学習塾業界の人材採用と社内制度に関する構造的な要因にあります。

塾講師の新卒採用が本格化したのは80年代以降

現在、名が知られている大手塾も最初はどこも個人塾からスタートしています。それが70年代~80年代の第2次ベビーブームによる生徒数急増と受験戦争が過熱した時期において、校舎展開を急拡大しながら業績を伸ばし個人塾から法人化して急成長を遂げた企業です。

80年代は生徒数急増期で、折からの受験ブームのおかげで、新校舎を出せばすぐに生徒で満杯になり、学習塾のない地域の教育委員会や私立学校から「うちの地域にも校舎を出してくれないか」という要望が来ることもありました。

とにかく校舎を出せばすぐに生徒が集まり、学習塾の売上も右肩上がりに増えていった時代でした。学習塾各社は業績拡大を見越して新卒や中途採用で人材を躍起になって募集していました。

ところで、それ以前の時代の塾講師の中心は大学生のアルバイトです。昭和の頃の学生バイトの王道は塾講師か家庭教師でしたね。時給の良さや、やりがいなどが大きく、教員志望の学生なら誰もが経験したと思います。

でも大学生バイトの勤続年数は最大4年です。だからこの頃の塾講師は2~3年程度で交代していくのが普通でした。個人塾ならこれで十分です。

ところが個人塾から法人化して会社組織になると、新校舎の展開や業務拡大を安定して進めるためには学生アルバイトではなく専業つまり「正社員」として塾講師をやってもらう人が必要になります。

こうして大手から地方の中堅学習塾まで、大々的に塾講師を募集していました。新卒向けの就職情報誌に学習塾各社の採用広告が目立つようになったのもちょうど80年代半ば頃です。

塾講師として勤務したのはどんな人か

それでは、80~90年代にはどのような人が学習塾に正社員として採用され、塾講師として働いていたのでしょうか? 新卒や中途採用も含めて次のような人が多かったです。

① 教員採用試験に不合格となり、再チャレンジ期間中の仕事として塾講師を選んだ人。

② 教員以外の公務員を目指すため、再チャレンジ期間中の仕事として塾講師を選んだ人。

③ 自分の学習塾を起業したいという意思を持ち、ノウハウを学ぶため塾講師になった人。

④ 海外留学や大学院進学の目的があり、その資金を得るため塾講師を選んだ人。

⑤ 弁護士、会計士、税理士などの資格を得るため、試験勉強中の収入確保のため塾講師になった人。

⑥ 他業界への転職の目的があり、転職活動中の収入確保のため塾講師を選んだ人。

⑦ 寿退社までの期間、社会人経験等を積むために塾講師を選んだ人。

 この当時、学習塾業界は成長途上で、今のような長時間労働やうつ病になるほど過酷な労働も少なく、給与も比較的高かったです。労働基準法違反はありましたが・・

塾講師は夜の仕事なので午前中~昼過ぎは自由に使えたことも大きかったです。だから①・②・⑤・⑥のような理由で塾講師になった人もいました。eisuも90年代末まで15時~16時出勤の日が週3日はありましたしね。

ところで上記①~⑦を見て、気付いた人もいるかと思いますが、80~90年代に学習塾で勤務していた塾講師には、ある共通した特徴があります。

それは原則として2~5年程度の短期雇用を前提とする就労であることです。

つまり学習塾に正社員として就職しても、10年や20年あるいは定年まで勤務する前提で就職する人は少なく、自分の夢や目的があり、それを実現させる期間の収入を確保するために塾講師になった人が多かったことです。

当時は学習塾業界そのものが「発展途上の新興産業」とされ、産業としての社会的信用度がまだ低かったことに由来します。でも、成長が期待される業界として人気があったので学習塾に就職する人もいました。

塾講師30歳定年説の背景

このような短期雇用を前提とする就労は、学習塾の経営者にとっても大きなメリットがあります。

皆さんは『塾講師30歳定年説』というのをご存知でしょうか? 若い人は知らない人も多いと思いますが、業界歴が長い人は一度は聞いたことがあると思います。これは、塾講師に対する学習塾の経営者の思惑を表す言葉です。

企業が正社員を雇用した場合、賃金、賞与、各種手当はもちろん、定期昇給も行う必要があります。また一度、正社員として採用すればそう簡単に解雇できません。その人が「一身上の都合」で中途退職しない限り、定年まで雇用する必要が出てきます。

伝統的な日本の雇用慣行では、20代は比較的低賃金で雇用できますが、30代、40代と勤続年数を重ねていくに従って賃金を上げる必要があります。そうすると将来人件費にかかる負担が重くのしかかってきます。

正社員講師が増えれば、経営者はどうしても「労働者の長期雇用」つまり「将来の人件費の負担増をどう防ぐか」に目を向けざるを得ません。

経営者にとっては、雇用した正社員が数年~長くても10年程度で退職することを前提とすれば、将来の総人件費を抑えることができるし、現在の人件費も低く抑えることができます。

そこで、なるべく短期間で人が入れ替わるような社内制度やシステムを考えるようになります。

これは職場が「ホワイト」になると中途退職する人が減り、定年まで勤務する社員の割合が増える ⇒  会社にとって将来の人件費負担が増える ⇒ ある程度「ブラック」であれば短期間で人が入れ替わる ⇒ 会社にとって現在および将来の人件費負担を減らせるという図式で表せます。

こう考えてくると、令和の現代において、職場環境に問題のある学習塾や、労働者を使い捨てするような学習塾が後を絶たないことも理解できるし、学習塾業界が「ブラック」と認知されるようになった理由もわかると思います。

ただ当時(90年代)は、生徒数や売上は右肩上がりで、学習塾の収益も増加していたので「今の生徒が大人になり子供を生み、第3次ベビーブームが起これば利益増大のチャンスが来る。そうなれば将来の人件費負担増を回避でき、社員を長期雇用できる」と考えた経営者もいたと思います。

でも第3次ベビーブームは起こりませんでした。見込みは大きく外れましたけどね・・

こうした短期間で人が入れ替わることを前提とする雇用は、学習塾業界の社内制度、業界体質に大きな影響を与えています。これが「塾講師30歳定年説」の背景になります。

次回はこうした短期就労を前提とする学習塾の雇用体系が、今の学習塾業界の体質や社内制度にどのような形で表れているのかを説明します。

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