塾講師が短期間で辞めるのはなぜか?その背景(後編)

塾講師が短期間で辞める要因について、前回、学習塾は労働者の長期雇用を前提としない業種であることを、80~90年代の業界成長期における学習塾労働者の就労形態から説明しました。

この就労形態が学習塾の経営者の思惑と結びつき、主に20代の若い人を採用し、短期間で次々と人が入れ替わることを前提とする雇用体系が成立します。こうした「短期間で人が入れ替わる雇用システム」は、現代のブラック企業の雇用形態と一致します。

こう考えると、学習塾業界が「ブラック化」を、必ずしも最初から意図していた訳ではないですが、「ブラック化」する要素を多分に含んでいたとも言えます。

労働者の短期雇用のメリット

若年層中心の短期雇用体系は経営者にとって、① 現在および将来の人件費負担を減らせる。② 若い人は生徒と年齢が近いので人気が得やすい。指導も一生懸命やる。③ 学校教育との差別化が図れる。④ 若い人は経営者や会社の方針等に反抗しにくい。などのメリットがあります。

この「長期雇用を前提としない雇用体系」を根拠にすれば、なぜ学習塾でブラック労働が減らないのか? 学習塾の多くで働きやすい職場環境の整備が進まないのか? がすべて説明できます。

短期雇用が前提なら労働者が長期的に働き続けられるような社内制度を作る必要はないからです。また職場をホワイト化すれば短期で人が入れ替わらなくなり、将来の人件費負担が増えます。

それでは、どんな部分に問題があるのか。以下に就活生の目線で項目別に具体的に説明します

採用後の雇用計画や人材育成プランがない

昔から学習塾には、長期的視野に立った雇用や人材育成プランがなかったことも「労働者の長期雇用を前提としない雇用体系」から説明できます。

つまり勤続年数に応じた役割や職位、人事、研修制度、賃金体系や、充実した福利厚生など、長く働くために必要な職場環境の整備は後回しにされ、現在でもこれらが未整備の学習塾が多いのです。

今は新卒で入社して定年まで同じ会社で働く人は少ないと思いますが、それでも一定期間(10年か?20年か?)は勤務を続けられる環境を作っていく必要があります。

労働条件や職場環境、研修制度などを見直し、雇った人が長く安心して働けるようにしていくべきなのに、多くの学習塾では、そういう視点が欠けています。

就活生にとって、入社後の自身のキャリア形成やキャリアアップができる企業。そこで働き続けたとして、10年後や20年後の自分の姿がイメージできる企業を選ぶのは当然です。

『賃金テーブル』がない

賃金テーブルとは、縦軸に勤続年数、横軸に勤続年数に応じた職位(職能)等級ごとのおおよその賃金を明記した表で、将来の勤続年数に応じた賃金や、自分のスキルや職位等級に応じたおおよその賃金がわかるようになっています。

もちろん100%この通りに進むとは限らないですが、その会社に勤務し続けた場合、年齢に応じて貰えるおおよその賃金や職位がある程度わかっていれば、仕事へのモチチベーションが高まり、「この会社で頑張ろう!」という希望も持てます。

でも長年学習塾業界の中にいても、この賃金テーブルを一度も見たことはありません。他の大手塾や中堅塾で働く塾人に聞いても「存在しない」ことは明らかです。

将来の賃金水準を示す指標として、学習塾業界では「モデル賃金」を使う会社が多いですが、「総合職モデル賃金  30歳 600万円」という極めて曖昧な表示では誰からも信頼されないと思います。

賃金テーブルを作成するには、勤続年数に応じた各年齢での期待される役割や、各役職等級では具体的にどのようなスキルが必要かをしっかり規定し、社内の研修制度とリンクさせる必要があります。

つまり賃金テーブルがある会社は、採用~定年までの長期的な人材育成プランと賃金体系を確実に持っている会社だといえます。就活生にとって、賃金テーブルの有無は、その会社の「入社後のキャリアデザイン」や「人材育成への本気度」を図る指標になります。

育児や子育てと両立できない雇用環境

昔から学習塾業界は女性を積極的に採用している業界として有名です。しかし育児休暇や時短勤務制度を整備し積極的に活用している学習塾は少なく、特に女性にとって育児や子育てと両立できる雇用環境にあるとは到底言えません。

これも「労働者の長期雇用を前提としない雇用体系」から説明できます。つまり学習塾業界では、女性は結婚や妊娠後には退職するのが普通で、出産・育児をしながら勤務するというケースはほとんどなかったからです。

学習塾業界は昔から若い女性の比率が高いことも、うがった見方をすれば「短期で人を入れ替える」ことが本当の目的だったのではないかとも思います。

しかし、女性の多くが結婚後も出産・育児をしながら勤務し続けたいと希望する令和の現代において、このような時代錯誤の労働観は理解されません。令和の就活生(女性)は「結婚、出産後も勤務し続けられるのか?充実した育児休暇や時短勤務制度はあるのか?」を入社条件にする人がほとんどです。

女性(もちろん男性も)にとって、仕事と子育て(親の介護も)を両立できる職場環境を整備することは、学習塾への就職希望者を減らさないためにも必要だと思います。学習塾業界は古い体質や時代錯誤の労働観を改めていくべきです。

定年後の再雇用制度の問題

「長期雇用を前提としない」というデメリットの一つに、定年退職後の再雇用制度が未整備のまま放置されている学習塾が多いことが挙げられます。大手では就業規則で再雇用制度を規定している塾もありますが、中小塾はどうでしょうか? また再雇用制度があっても、きちんと機能しているでしょうか?

大手も含め、ほとんどの学習塾では60歳定年制を採用しているところが多いです。しかしワンマン経営企業が多くを占める学習塾業界では、定年後の雇用条件のルールが曖昧で、フルタイムでの再雇用を希望しても経営者が雇用条件を大きく引き下げて提示し「この条件が嫌なら辞めれば」と自主退職を迫ってくる会社も多いです。

具体的にはフルタイム勤務希望なのに、月給制ではなくアルバイトの時給講師なら認める。とか、週5日ではなく週3日しか認めない。というケースもあります。また再雇用は1年契約なので、毎年の契約更新時に、次年度の雇用条件を大幅に引き下げてくるケースもあります。

eisuでも、過去に再雇用社員の雇用条件の問題で、3人の社員が労働組合に加入して、会社の再雇用条件を撤回させ、加えて再雇用社員の年休取得条件を大幅に改善したことがありましたね。

また「長期雇用を前提としない」という、もう一つのデメリットとして、「退職金制度」が整備されている学習塾が少ないことも挙げられます。大手塾であっても新卒入社して60歳定年時にもらえる退職金の総額が200~300万円程度のところもあり、そもそも退職金制度がなかったり未整備の学習塾も多いです。

今は原則65歳から年金を受給できますが、今後は受給年齢が上がり、もらえる年金額はどんどん減っていくことは目に見えてます。今の就活生が年金を受給できる年齢はおそらく70歳程度になり、支給額も今の60~70%程度になっている可能性は高いです。

こう考えると就活生が「定年の年齢が高く、希望すれば70歳以上でも働ける会社」「高齢になっても安定雇用され、普通に生活できる程度の賃金をもらえる会社」「退職金制度がしっかりと整備されている会社」を選ぶのは当然だと思います。

実際、定年を60歳ではなく65歳に延長する会社は増えており、これからも増加していくと思います。学習塾業界も、今の60歳定年制 ⇒ 再雇用を廃止し、定年を延長して65歳~70歳定年制とするか、定年制を廃止する時期に来ていると思います。同時に退職金制度をしっかり整備することも必要です。

今まで、こうした部分をないがしろにしてきたツケは、これから本格的にやってくると思います。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

CAPTCHA