学習塾で性加害事件が起こる5つの要因
全国の学習塾で働く塾人の皆さんへ。
3月11日、首都圏の大手学習塾『栄光ゼミナール』個別指導部門の教室責任者だった元講師の男が、教室が入るビルの女子トイレにカメラを設置し盗撮していたとして逮捕されました。
昨年にも大手塾『四谷大塚』で元講師の男2人が生徒の女子児童を盗撮し動画などをSNS上に拡散させる事件が起きましたが、残念なことに再び学習塾で講師による性加害事件が発生しました。
では、どうして学習塾の教室内で講師による性加害事件が起こるのか。その背景には、ほとんどの学習塾に内在している5つの問題があります。
学習塾での性加害事件の背景
学習塾の内部で生徒への性加害や盗撮などの性犯罪が発生する背景として、多くの学習塾が抱える要因がいくつかあります。それらについて以下に説明します。
1.教室の『密室性』の問題
学校教員と同じく、学習塾の講師も授業のため一度教室に入ると、外部から見られることはありません。先生1人と生徒だけになります。先生の授業中の言動は、授業を受けている生徒が誰かに話さない限り外からはわかりません。教室内はある意味 ” 密室 ” 状態になります。
また先生の立場なら ” 補習授業 ” という名目で、教室内で自分と生徒の1対1の状況を作ることは容易にできます。補習授業なら周囲も特に不審には思わないです。こうした ” 密室性 ” が生徒への性加害や盗撮を誘発する背景となることもあります。
もう一つが校舎の問題です。学習塾は学校のように大きな建物の中に多くの教室があるのではなく『○○学院 ○○教室(校)』のように校舎が点在しています。ビルのテナントを教室にしている所も多いです。
小規模校では正社員講師1~2名で業務を行うのが普通で、校舎間の ” 人の移動 ” もほぼなく原則として毎日同じ人が同じ校舎で勤務します。
毎日校舎に入るのは生徒だけで、第三者が頻繁に教室内に入り内部をチェックするのは不可能です。これは視点を変えれば ” 教室(校舎)そのものが密室になる ” という見方もできます。
こうした ” 密室性 ” や先生の立場を利用して生徒への性加害や盗撮を行おうすれば、誰にも見られず、知られずに実行することも不可能ではないのです。
加えて、昨年逮捕された四谷大塚の元講師2人のように同一校舎に勤務しており、教室内に共犯者がいればますます容易に性犯罪が行われてしまうという実例もあります。
生徒が安心して通える塾にするため、教室や校舎の ” 密室化 ” をどう防ぐのかという段階にきていると思います。教室内の監視カメラの設置や教室での授業風景をライブ配信することが教室の ” 密室化 ” を防ぐ方法としては有効ですが、コストがかかるのが難点です。
2.講師採用の問題
近年、学習塾は慢性的な人手不足の会社も多く、また毎年大量に離職者が出る会社もあります。もとからブラック体質で、毎年社員を大量採用し、自社のブラックな体質に順応した社員だけを残す方針で採用を実施しているところもあります。
こうした会社では、毎年大量に出る離職者の穴埋めのため、いきおい ” 来るもの拒まず ” というスタンスを取らざるを得なくなります。すると多少 ” 問題のある ” 人材でも業務遂行上の必要性により採用されることもあります。
不祥事を起こす可能性のある人材を入社させないためには、採用段階での調査や選別を徹底する必要がありますが、あまりに採用を厳しくすると社員数を確保できず業務の遂行が困難になるケースも考えられます。
講師を採用する際、質の良い人材を優先するか、業務遂行のための人数確保を優先するのかのジレンマに陥っている学習塾も多いと思います。
3.組織の隠ぺい体質
学習塾に限らず、どこの会社でも自社の不祥事は “ 隠すこと “ をまず第一に考えます。特に学習塾のような生徒や保護者の信頼で成り立つサービス業では、講師が生徒への性加害や盗撮を行えば、性犯罪をする先生がいる塾には安心して子供を通わせられないと思う保護者がほとんどだと思います。
講師が逮捕された場合はもはや隠ぺいは不可能ですが、事実が外部に漏れていない場合は、性犯罪をおかした当事者を「一身上の都合で退職」させ、こっそり幕引きするケースも実際にはあります。
以前、某大手進学塾であった話ですが、校舎内の女子トイレにカメラを仕掛けて盗撮していた男性講師の行為が発覚し大問題になりましたが、事件が外に漏れると会社の信用に傷がつくと判断した経営者により、結局、その講師を退職させて終わったそうです。
今回の『栄光ゼミナール』の盗撮事件では、逮捕された男の盗撮行為に気づいた社員が警察に相談したことで発覚したようですが、もしこれが「会社の内部通報窓口」への相談だったら、はたして発覚したでしょうか。当事者をこっそり退職させるという形で幕引きされた可能性もゼロとは言い切れません。
隠ぺい体質の強い会社ほど “ 社内の不祥事 ” を隠すケースが多いですが、講師の性犯罪はむやみに隠ぺいすることなく、行為者を厳しく処分し再発防止を徹底する方針を外部に公表するほうが、長い目で見れば、その塾への信頼は確保できると思います。
しかし、いまだに隠ぺい体質が抜け切らない会社も塾業界には多く残っています。
4.社内研修の問題
現状では、講師の採用時にその人の過去の性犯罪歴等を見極めるのは不可能です。したがって今のところは、入社後の社内研修で生徒へのセクハラや性加害、盗撮行為などを ” 絶対にやってはいけないこと ” として徹底して教育するしか防止する方法はありません。
しかし、そうした社内研修をやるにしても、どこまで実効性のある研修ができるのかというと、少なからず懸念があります。なぜなら職場でのパワハラ・セクハラ行為防止の研修にしても、学習塾各社でかなり差があるのは事実で、ほとんど何もやっていない会社もあるからです。これは大手か中小かで差はありません。
昨年の四谷大塚の事件の後、全国の大手~中小塾で働く人に「生徒へのセクハラや性加害防止の通達や社員研修があったか?」と聞いたところ「そうした通達・研修はなかった」と回答した人も意外に多かったです。
現状、学習塾内のパワハラやセクハラ防止研修は、せいぜい資料を読み合わせて ” こうした行為はパワハラもしくはセクハラに当たるのでやめましょう ” といった程度のものが多いのも事実です。
外部の専門家を招いてパワハラやセクハラをする人間の心理、そうした行為を招く職場環境の特徴まで踏み込んで実施している会社はほぼ皆無だと思います。
当労組は全国の学習塾で働く人からの相談を受けていますが、職場でのパワハラ、セクハラ相談は近年増加傾向にあります。
職場でのパワハラ・セクハラ防止も不十分なのに、性加害を防止するための実効性のある研修が果たして可能なのか?という疑問も感じます。
塾業界は、現場で働く社員そして生徒も含めたパワハラ・セクハラ防止のための実効性のある研修制度を早急に実施すべきです。
学習塾の職場内でそうした行為が撲滅されれば、結果として性加害事件も防止できると考えます。
5.職場の労働環境の問題
ブラック業界と揶揄され労働組合もほぼ皆無な塾業界では、長時間労働、長期連続勤務、サービス残業が横行する劣悪な労働環境にある会社もあります。
また塾業界の特徴として、体育会系で上からの命令は絶対という上意下達の企業文化をもつ会社も存在します。
特にワンマン経営がはびこる会社では、賃下げや不当配転、解雇などが行われやすく、働く人は無権利状態に置かれ不安定な雇用状態が継続しているケースもあります。
こうした劣悪な労働環境の中にいると、誰もが常に高いストレスを感じながら仕事せざるを得なくなります。そしてストレスのはけ口として、職場内でのいじめ、パワハラ、セクハラなどが誘発されやすくなります。
そうしたはけ口の一つとして性加害や盗撮などの犯罪行為に手を染める人が出てくる可能性も否定できません。
ストレス度が高い職場ほど問題が起こるというデータもあります。したがって労働条件を改善し誰もがストレスなく働ける職場に変えていけば、職場でのパワハラ、セクハラ、性加害などを防止できると思います。
いまだに昭和の労働観から脱せず、古い体質が残る塾業界の労働環境を改めることも必要です。
学習塾にも日本版DBSの導入を!
公教育でも民間教育でも、教員の生徒への性加害事件は近年増加しています。しかし採用段階で個人の隠れた性癖や性犯罪歴を見抜くのは困難です。また社内研修を徹底したとしても、特殊な性癖を持ち、子供への性加害を目的に入社してくる人に対しては限界もあります。
性犯罪者を入社させないためにも、学習塾にも日本版DBS(子どもと接する職業に就く際に、性犯罪歴がないことを確認する制度)を早急に導入すべきだと思います。
そうすれば性犯罪をおかして学校教員を辞めた人が学習塾に採用されたり、学習塾を渡り歩いて性犯罪を繰り返す講師もいなくなります。
DBS(Disclosure and Barring Service・ディスクロ―ジャー・アンド・バーリング・サービス)とは「前歴開示・前歴者就業制限機構」の略称となります。
子どもに接する職業や活動を行う事業者が、就業希望者を雇用する際、DBSに性犯罪歴などのチェックを依頼します。DBSは裁判所や警察の情報などを照会し、就業希望者に証明書を発行し事業者にも性犯罪歴がないことを通知します。
つまり子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度で、性犯罪歴がある人の採用を未然に防ぐことができます。ヨーロッパでは実施している国もあります。
日本版DBSは「こども家庭庁」が導入を目指していますが、現時点で対象となるのは学校・保育所・児童養護施設などの公的機関だけです。
しかし学習塾などの民間事業者も対象に含めないと不十分なのは明らかで、子どもと接する職業に就く人すべてを対象にすべきです。
私たちは塾業界で働く者として、通塾する生徒への性加害を防ぐため、日本版DBSを学習塾にも、できるだけ早期に導入することを求めます。
学習塾の業界団体も日本版DBSの学習塾への早期導入を政府に嘆願すべきだと思います。