台風当日の出勤命令でケガをしたらどうなるか?
全国の学習塾で働く塾人の皆さんへ。
現在、大きな勢力を持つ台風10号が接近し、西日本地域や関東地方では記録的な大雨となっています。台風10号の接近にともない、東海地方では線状降水帯の発生が懸念され、大雨警報、土砂災害や洪水警報が出された地域もあります。
最近では、台風の接近や上陸が予想される日に、社員に対し自宅待機や在宅勤務を命じる企業が増えています。しかし一方、暴風警報が発令され、公共交通機関がストップしていても出勤を命じる企業もいまだにあります。
SNSでも「台風当日に出勤を強要された」「上司に交通機関が運休していて出社できないと言ったら、自家用車で来いと言われた」というコメントをよく見ます。
台風当日に社員に出勤を強要し危険をかえりみず職場に来いと命令することは、あってはならないことですが「顧客サービス業」の業界ではなかなか徹底されないことも事実です。生徒を顧客とする学習塾も例外ではありません。
学習塾では公立学校の休校基準を採用する会社が多く、台風の場合は授業開始2時間前に暴風警報が発令されていれば休校となります。つまり当日の暴風警報の発令の有無が出社の要件となります。
しかし最近では線状降水帯によるゲリラ豪雨、それによる冠水、浸水、水害、土砂災害、または地震も多いので、学習塾も災害時の社員の出勤規定を全面的に見直す時期にそろそろ来ているのではないかと思います。
台風10号が襲来した西日本地域の学習塾で働く塾人の皆さんは、会社から出勤命令が出て勤務校舎に出勤しましたか? それとも会社から校舎を休校にして自宅待機するよう指示が出ましたか?
eisuでの過去の事例
今からちょうど6年前の2018年9月、台風21号の襲来時にeisu高校部で、台風21号がまさに東海地区に最接近する午後2時に校舎への定時出勤が命令されたことがありました。
そして公共交通機関が全面運休しているにも関わらず定時に校舎に出勤していない社員に対し『職員は平常勤務です。生徒のように暴風警報だからお休みにはなりません!』との叱責メールが上層部から配信されました。
この日、高校部以外の社員は午前中出勤して生徒に休校連絡をした後、電車が運休する正午までには自宅に戻り待機するよう指示があり、今日は全校舎休校になったものだと思っていました。
ところがこの日の夕方以降『暴風警報が出て交通機関も運休しているのに出社を強要された』『定時に校舎にいないことを叱責するメールが来た』などの情報提供や相談が高校部の社員から当労組に入りました。
暴風警報が発令され交通機関も全面運休している、他部署では休校・自宅待機が指示されているにも関わらず、高校部だけが定時出勤を命じるのは、高校部に勤務する社員の安全にまったく配慮しない異常な行為です。
当労組はすぐに事実確認を行い、高校部に団体交渉を申入れました。そして災害時(地震・台風など)の社員出勤マニュアルを早急に策定すること。災害時の社員の安全確保に十分配慮した内容を策定することを要求しました。
当時、高校部では災害時における社員出勤マニュアルが存在しておらず、結局、社と何度かの協議を経て『災害時における社員出勤規定』を小中部を含むeisuのすべての部署で策定させました。
こうした事例が過去にあったので、現在、eisuでは暴風警報が出ているのにもかかわらず、社員に勤務校舎への出勤を強要するようなことはなくなりました。
もし今回の台風襲来に関して、会社の指示等に疑問や不満を感じているeisu社員の方がいれば、当労組の公式XにDMするか、このサイトの相談ページから情報提供をお願いします。
出社強要でケガをしても損害賠償されない!?
ところで、職場の地域に台風が接近し暴風警報が発令され公共交通機関もストップしているのに、会社の出社命令により出勤し、通勤途中でケガをしたり、最悪亡くなったりした場合は、会社は損害を賠償してくれるのか? 労災(通勤災害)になるのか? という問題があります。
まず会社への損害賠償についてですが、労働契約法には、会社が雇用する従業員に対し、その生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう配慮をする『安全配慮義務』が規定されています(労働契約法第5条)
でもこれはあくまで「就業時」が主な対象であり、通勤時の事故の場合は、会社の安全配慮義務違反が認められるケースは、実はあまり多くありません。
台風襲来時の出勤命令が会社の安全配慮義務違反と判断されるには、1.暴風警報の発令。2.公共交通機関が全面運休していて代替交通手段がない。3.自宅と職場との距離が離れており、公共交通機関を使わないと出勤できない。4.出勤により従業員に危険が及ぶ可能性を、会社が十分認識していた。などの要件が必要です。
これらの要件を考慮して、従業員の生命・身体に現実に危険が及ぶ高度の確実性が認められるケースでは、会社は自宅待機を命じるなど、従業員の安全を確保しなければなりません。
それにもかかわらず通常通りの出勤を命じ、台風の影響で従業員がけがを負ったり死亡したりすれば、安全配慮義務違反となり、会社が損害賠償責任を負うことになります。
注意すべきは、会社が損害賠償責任を負うのは、台風襲来にもかかわらず、会社が「従業員に危険が及ぶと認識した上」で「それでも出社を命令した」ことを立証する客観的な「物的証拠」が必要なことです。なぜならこうしたケースでは会社は責任逃れのため「自分の判断で勝手に出勤した」と主張してくるからです。
この物的証拠とは、メールやLINEでの出勤命令、電話で出勤を口頭で指示する録音記録などが該当します。もし会社が「危険な状況下での出社を強要した」という物的証拠が無い場合は、会社に対して損害賠償請求をしても認められない可能性もあります。
2018年9月に、eisu高校部で発生した台風襲来当日の定時出勤強要に当労組が迅速に対応できたのも、業務通達メールなどの客観的な物的証拠があったからです。
労災が認められないケースもある!?
もし会社の安全配慮義務違反が認められない場合であっても、通勤時にケガを負ったり、死亡したりした場合、労災保険の対象になるため、原則、治療費などの給付を受けることができます。
注意すべきは労災が認められないケースもあることです。これは、通常、通勤手段として公共交通機関の利用を会社に申請していたが、台風により公共交通機関が全面運休したので、当日やむなく自家用車で出勤して事故に遭ったケースが該当します。
通勤災害として労災が認められるには、「通常の交通手段・経路」を利用して通勤することが要件になります。ここで言う通常の交通手段・経路とは、毎月の通勤手当支給の前提として、自宅から職場までの交通手段(電車・バス・自家用車など)や、職場までの通勤経路を会社に申告しますね。あれです。
通勤災害として労災が認められるのは、原則この「通常の交通手段・経路」を使って通勤していたケースに限られます。これを外れる場合は、もし通勤途中でケガをしても労災が認められない可能性を認識しておくべきです。
無理な出社命令には「有給休暇」で対抗
では、もし台風が襲来し、暴風警報が発令され、交通機関も全面運休しているのに出社を命令された場合、自分の判断で命令を拒否して出社しなかったらどうなるでしょうか?
そもそも台風襲来当日に出社を強要するのは「ブラック企業」なので、こうした会社では業務命令違反として、該当者に対し「懲戒処分」を実行してくることも十分あります。
判例上では、出社することで生命や身体に危険が及ぶ可能性がある場合には、出社を拒否したとしても業務命令違反に問うことはできないとされ、その場合、会社が行った懲戒処分は無効となります。
でも懲戒処分を無効とする公的機関の命令が必要なので、懲戒処分により失った利益を回復するには会社を相手に労働審判や訴訟等を行うことが必要となり費用と手間がかかります。
したがって台風襲来当日、どれほど出社することが「命がけ」で、会社の仕打ちに怒りを感じていても、出社拒否はやめたほうが良いです。ではどうするか? ここは「有給休暇の申請」でクリアしましょう。
有休申請の理由は普通は「私事都合」で十分ですが、あえて「台風により公共交通機関が運休し、暴風警報が出されているのに会社から出社命令が出た。自分の身体や命に危険が及ぶのを避けるため」とでも書いておけばよいでしょう。
こんな有休申請は会社が認めないと思うでしょうが、法的には「認めねばならない」のです。有休の不受理は会社の違法性が高く、労働基準監督署や近くのユニオンに相談すれば容易に解決できます。
有給休暇の取得ルールについて詳しく知りたい方は当労組の過去記事『学習塾の休日・休暇の見極めかた』をお読み下さい。
台風当日の出社強要への対処法
台風がそこまで来ていて外出すると身体や命の危険が多い状況なのに、出社を命じる経営者や管理職の頭の中は「オレの命令に背くことは許さない」「オレや他の社員が出社しているのに不公平だ」という考えしかありません。こんな会社はブラック企業なので、台風通過後速やかに転職すべきです。
それでは台風が襲来し、外出すると危険な状況にも関わらず、会社から出社命令が出された場合の対処法を書きます。
1.台風襲来当日の状況を確認する。暴風警報が発令され、公共交通機関が運休しており、自宅から職場までの「足」がないことが条件。
2.「公共交通機関がダメなら自家用車かタクシーで来い!」と言われても絶対に従わないこと。
3.台風襲来当日、会社が出社命令を出した「物的証拠」を必ず自分のスマホなどに保存する。これは社内メールや会社のグループLINE、上長とのやり取り、録音記録などである。
4.電話で出社を指示してくる場合もあるため、会社や上長からの電話は必ず録音する。また電話相手(上長など)との会話の中で、台風襲来当日の出勤命令についての言質を取るように話を上手に持っていく。
5.台風襲来当日、出社して行う具体的業務を必ず確認しておく。その業務は台風当日に行う必要性(緊急性)があるのか。こんな日に客は来るのか。全社員が出社してやるべき業務なのかを説明させる。もちろんその内容は記録しておく。
6.もし無理に出社し、通勤途中でケガなどをした場合は、出社を命令した会社や上長への個人責任追及、および損害賠償請求等を行うことを前もって伝えておく。
7.外部状況から、どうしても出社できないなら、有休を申請して休みを取る。受理を拒否してきたら労基署かユニオンに相談し対処すると伝える。
会社からの異常な出社命令には断固抵抗しましょう!