再雇用時の賃下げへの対処法

現在、高年齢者雇用安定法により60歳定年後、65歳までの雇用確保がすべての企業に義務付けられていますが、再雇用の労働条件(賃金、業務内容など)を決めるのは企業側の裁量とされており、定年前の給与水準を絶対に維持しなければならない、というわけではありません。

定年後に再雇用になると、正社員時代にもらっていた各種手当や賞与もなくなることも多く、基本給も下がります。定年前の賃金を100%とすると、再雇用後の月額賃金は定年前の73.5%というデータもあり、30%程度は賃金が下がると思って間違いないです。

ただし再雇用時の賃金額は大手と中小企業、また業種等で大きく差があり、実際のところは定年前の賃金の80%~45%くらいの幅があります。

再雇用後に賃金が下がる理由

再雇用になると賃金が下がる理由は次の2つです。

①再雇用になると期間雇用の契約社員となり、雇用形態が一般の正社員とは異なる。また勤務日数や勤務時間、職務内容などの労働条件も一般の正社員と異なるから。

②再雇用は、年金の支給開始が原則65歳なので、その期間に労働者が無年金・無収入となるのを防ぐためのもので、65歳の年金受給開始まで労働者の生活を保障する期間限定の措置だから。

要するに、定年後に65歳になるまで会社が継続雇用してやるので、賃金が下がっても文句を言わずに働け! 定年後に無収入になる期間がなくなるので、労働者は会社の措置をありがたく頂戴しろ! ということですね。

でも定年再雇用で賃金が下がるのは仕方ないにしても、まともに生活できないような水準まで賃金を下げられるのは納得できません。特に学習塾業界は余裕のないところも多いので、今後は再雇用に関する労使トラブルが増えていくのではないかと思います。

適法か違法か、状況次第で判断が異なる

再雇用時に賃金を下げる場合でも、会社が好き勝手にどこまでも下げられるわけではありません。一定のルールがあります。これらは過去の判例から確立しています。

過去の判例によると、再雇用時に賃金を減額することは、合理的な理由や配慮が認められれば適法と判断される可能性が高いですが、定年再雇用の前後で業務内容などが変わらない場合には、賃金の大幅な減額は違法とされる可能性が高いです。

これは再雇用の前後で定年前と業務内容(勤務時間・配置・責任の範囲や程度)などの労働条件が大きく変わらないのに、定年前に比べて賃金だけを大幅に減額することは合理的な理由がないと判断されるからです。この根拠になるのが同一労働同一賃金の原則で、これが再雇用後の労働者にも適用されるためです。

再雇用時の賃下げの原則

再雇用で定年前と比べて賃金が下がる場合でも、会社は賃下げを一方的に行うことはできず、以下の2つの原則があります。ただこれを守らない会社も実際にはあります。

1.同一労働同一賃金

同一労働同一賃金とは、通常の労働者(正社員)と短時間労働者・有期雇用労働者の間で、不合理な待遇差を設けてはならないとするルールです。これは現在のパートタイム・有期雇用労働法第8条、第9条に規定されています。法律規定なので、会社がこれを守らない場合は違法になります。

簡単に言えば、有期契約社員、パートなどの雇用形態にかかわらず正社員と同じ職務内容、労働条件であれば、同額の賃金を支払わねばならないという規定になります。待遇差が不合理であるかどうかは、業務内容や責任の範囲・程度、配置転換の範囲などに差があるか否かによって判断されます。

裁判になると、会社が定年後に再雇用したという事情も考慮されますが、「定年後に再雇用したから」という理由だけでは大幅な給与の減額が認められにくいです。

定年後の再雇用で賃金が大幅に減額され、労働者が裁判で会社と争った事例に、名古屋自動車学校事件があります。

これは同学校の元職員2人が、定年前と再雇用後とで業務内容が同じであるにもかかわらず、再雇用後の基本給が大幅に減額されたのは不当であるとして、差額の支払いを求めた事件です。

定年前の基本給月額が16~18万円であったのに対し、定年後の再雇用時の賃金がその半分以下の7~8万円程度に減額され、入社1~5年未満の人の賃金水準である11万円をも下回る水準でした。

1審の名古屋地裁判決は、2人の賃金は「労働者の生活保障の観点から看過しがたい水準に達している」と指摘し、同じ業務内容で基本給が定年時の6割を下回ることは労働契約法第20条(現行パート・有期労働法第8条、第9条)が禁じる不合理な待遇格差に当たるとしました。

会社は控訴しましたが、2審の名古屋高裁も1審判決を支持し、学校側に定年前後の給与差額の支払いを命じました。

この事例からわかることは、定年前の賃金が低い(この事例だと月額18万未満)場合、いくら再雇用後の賃金が定年前の50%程度はあるとしても、月額7~8万円では生活できないことは明らかです。

さすがに再雇用後の賃金がここまで低額だと判決で「生活保障の観点から看過しがたい水準」と言われるのももっともです。

学習塾業界では、大手塾でも長年働いているのに定年前の月額賃金が25万未満の会社もあります。かりに月額25万円なら、再雇用後の賃金は、その60%で15万円、50%なら12.5万円となります。

これでは生活が立ち行かなくなります。業務内容が定年前と大きく変わらないなら、定年後の労働者の生活保障の観点から「不合理な待遇差」と判断される可能性が高いです。

2.労働者の生活保障となっているか

現在、定年後の再雇用がすべての企業に義務付けられているのは、60歳の定年後、65歳の年金受給開始までの間、労働者の生活を保障するためです。再雇用の制度は、定年後、年金受給までの期間に労働者の生活を安定させるための制度と言えます。

現在、一般的に多くの企業では再雇用賃金は定年前の60%程度までなら違法にはならないと言われています。

しかし、名古屋自動車学校事件からもわかるとおり、一般的に再雇用後の賃金は定年時の賃金をベースに決まります。もし定年時の賃金が低いのに、さらにそこから賃下げするのは「看過しがたい水準」になる可能性もあります。

名の知れた大手企業でも再雇用後の賃金が月額15万円程度のところも知っていますが、大手なら退職金が1500~2000万円程度もらえるところも多く、退職金の有無や金額でもその後の生活は大きく変わります。

当労組は学習塾業界で働いてきた人の退職金支給額もある程度把握しています。塾業界は中途採用も多いですが、入社して定年まで30年以上勤務しても会社により900万円~300万円くらいの幅があります。退職金制度がない会社もあります。

退職金が少なく、定年時の賃金も低いのに、再雇用でさらに賃金が大幅減額されるなら、定年後に生活できなくなります。つまり再雇用の賃金を提示する会社も、定年後の労働者の生活保障の観点から定年時の労働者の賃金水準、退職金の有無や金額などを考慮して決めることが必要で、そうしないと「合理的」だと認められない可能性が高いです。

定年時の賃金水準や退職金支給額が低い会社も多い学習塾業界では、今後再雇用の賃金をめぐり、こうした問題が表面化していくと思います。

再雇用時の賃下げへの対処法

定年後の再雇用時に賃金が減額されたことについて納得できず、その要因が「不合理な待遇差」にある場合は、以下の方法で賃金減額の違法性を主張し、会社に再雇用の労働条件(賃金など)の是正を要求します。

ここで注意すべき点が2つあります。

一つは、再雇用時の労働条件は「企業側の裁量」で決めるということになっており、再雇用後の賃金をどこまで減額すると違法になるかは、法律で明確に規定されていないことです。したがって労働基準監督署や労働局に訴えても対応してくれません。労働者自身で何とかする必要があります。

もう一つの注意点は、もし再雇用の労働条件に不満や納得いかない点があっても、再雇用契約書に捺印したほうが良いことです。契約書に捺印しないと「会社が提示した労働条件を労働者が拒否した」ことになり、再雇用契約そのものが破棄され、定年で解雇される可能性が高いからです。詳しくは『会社は定年社員の再雇用を拒否できるのか?』をお読み下さい。

上のケースでは、会社の定年解雇は「適法」とみなされ、労働者にとっては著しく不利になります。そこで再雇用契約自体は締結するが「賃金」などの労働条件に納得していない旨を文書で、内容証明郵便で会社に送付しておくべきです。賃金の減額に納得していない旨を、会社に意思表示しておくことが大切です。

1.会社と直接交渉する

会社と直接交渉して、適正な給与額と実際の支給額の差額の支払いを求めます。でも会社に拒否されたら終わりです。その後、会社からの嫌がらせなどもあります。

2.労働審判をする

会社相手に地方裁判所に労働審判を申し立て、調停または労働審判委員会の判断によって不合理な待遇差の是正を図ります。労働審判は、通常の訴訟とは異なり非公開で、費用も安く迅速に審理が行われる点が特徴です。

ただし、会社が出された労働審判を拒否した場合は本訴(訴訟)に移行します。なお労働審判は本人だけでも行えますが、弁護士を雇ったほうが有利に進められるので、弁護士費用が別途かかります。

会社を提訴(裁判)する

裁判所に適正な給与額と実際の支給額の差額の支払いを会社に命ずる判決を要求するため、労働者が原告となり会社を訴えます。この場合は弁護士を雇う必要があり、費用もかかります。また訴訟が長引けば最終判決まで1~3年程度かかるのが普通で、勝訴できるかどうかは弁護士の力量次第です。

再雇用時の賃下げにはユニオン加入が必要

そういえば、労働組合eisuユニオンの結成後、初めて加入したeisu社員は翌年に定年再雇用を迎える人でした。その後、当労組に加入して会社と闘争した人の多くも定年再雇用になったeisu社員でしたね。

今までにも、当労組は再雇用社員の労働条件も大きく改善してきた実績があります。詳しくは当サイト内の『改善・解決事例』をご覧下さい。ちなみに現在eisuの再雇用条件は問題点もありますが、定年時の基本給は維持される(減額なし)ので、現状は他塾と比較しても良いほうだと思います。

前述のように、再雇用の労働条件の問題を解決するには、基本的に労働者自身が何とかする以外になく、現状では労働者が著しく不利です。でもユニオン(一般労組)に加入すれば、会社と有利に闘争できます。

会社への団体交渉申し入れ、街宣やストライキなどの抗議行動、SNSでの発信も合法的にできます。会社を提訴する場合でも、裁判以外にも会社に対して様々な圧力をかけられ、要求を認めさせることができます。

また再雇用は原則1年契約となるので、65歳まで4回更新があります。1年目は良くても2年目以降の契約更新時に大幅に賃金を下げられる可能性もあります。これを防ぐためにもユニオン(一般労組)に加入し、職場に労働組合を作っておくと何かあった時に大きな力で会社に対抗できます。

再雇用後に賃金が大幅減額され困っている塾人へ

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